第5話 リシェルちゃんは、魔法少女で貴族なのね
トトリア王国北部と中央部を遮る生魔中立地帯を無事抜けると、マリーカ子爵領に入る。この領は、今年のホットタートルの魔獣災害を受けておらず、作物は例年通りの収穫になるそうだ。
また、ガタガタ揺れる土の凸凹道ではなく、それなりに整備されている様だ。
「馬車、揺れが小さくなったね」
「そうね、お尻に響かなくなて楽になったわ」
「もうお尻、割れなくて済むね」
そんな軽い冗談で笑えるくらいに、彼女達の緊張はほぐれていた。
景色の見えない馬車の中に軟禁されてはいるが、拘束具は着けられていない。町の宿では監視付きながらベットで寝られる。逃亡奴隷の末路も聞いている。
そして、魔獣狼の襲撃の際、ニャマが倒してしまったが、襲われそうになった所にリッドが駆け付けてくれたのも大きかったようだ。
結局、何をしようにも喋るしかないニャマ達は、雑談をしながら馬車に揺られていた。
ニャマ達が、マリーカ子爵領に入って馬車に揺られている一月ほど前。マリーカ子爵邸では、領主オッペン・マリーカ子爵と、その三女リシェルが会話を交わしていた。
彼女は茶髪の腰まで届くロングヘヤーで青い目をしており。体型はスレンダーで、胸は小さめだ。肌は白く美しいが顔立ちは父親似で平凡だった。
「リシェル。やはり、婚約してくれる貴族は居なかったよ」
「お父様、わたくしももう14歳。第一夫人への婚約は無理がございますわ」
この世界の国の常識として、嫡子の第一夫人は親同士で決めてしまう。その婚約は、一桁どころか生まれる前に決まっていることもある。
その為、今年14歳になるリシェルが、嫡子の婚約を目指すのは無理がある。可能性があるとすれば、支援が欲しい貴族が支援を求めて婚約をするというのもある。だ、支援が欲しいのはマリーカ子爵側なので無理だ。
また、支援を求め商家と婚姻を結ぼうとしても年齢が立ちはだかる。この世界の成人は15歳で有る為、婚姻できない。また、婚約では商家の支援を得るのは難しい。
「全く、ホットタートルさえ出なければ、こんな事にはならなんだのに」
「わたくし達の領に被害が無かっただけでも助かりましたわ。それに、今年の収穫があるのは幸運ですわ」
確かに、マリーカ子爵領には魔獣による被害はない。だが、長女の嫁いだ貴族が甚大な水害被害を受けた。さらに、巨費を投じで共同で開発していた研究施設が壊滅的な被害を受けた。
研究施設はどうしようもないが、被災者の支援などで金が飛ぶ。資金調達だけでは
無理があり支援を貰おうにも、子供の婚約者の貴族達は当てにならず、商会のコネを使い借金をしてなんとかしているが、それも限界に近づいたころに、派遣奴隷の話が持ち込まれたのは
「奴隷ギルドの派遣奴隷か。資料を読めば、リシェルを担保として金を借りる感じか。いや。いかんいかん、リシェルには魔法学院もあるのに、一時的にでも奴隷に落すなんてだめだ。何とか商会からお金を借りられないか」
「お父様。これ以上商会からお金を借りると、返せなくなり泥沼にはまりますわ。魔法学院は勿体ないですが、学費を支払う分を支援に回せばよいと思いますわ。
わたくしをギルドから買い戻すにしても、今年はともかく再来年には買い戻せると思いますわ。
それに、派遣奴隷になる事で、わたくしにとって良い結果になるという【予感】もしますわ。お父様。わたくしを派遣奴隷としてお売りくださいませ」
「そうか…… リシェルの【予感】には随分と助けられたからな。しかし、魔法学院を卒業できたなら、引く手あまただろうに」
「あら。わたくしは、研究者になって閉じこもる気も、貴族のお抱えになってふんぞり返る気もありませんわ。それよりも、色々な所を旅してみて回りたいですわ。ですので、その点でもこの話は受けたいと思っていますわ」
「は~。その性格が無ければ、リシェルの婚約も決まっていただろうに。はぁ…… 当人が望んでいるのなら仕方ない、デルボッチ商会に連絡して買って貰おう」
「お父様。ありがとうございますわ。それにしても、奴隷ギルドが出来て数年でしたわね。ギルドが無ければ、奴隷落ちなどという選択は絶対に無かったと思うと、召喚勇者キリト様には感謝いたさないといけませんね」
オッペン子爵は、その言葉に返すことは無くリシェルに退室を命じた。しかし心では、奴隷ギルドが無ければ、娘が奴隷に落ちることはなかったと答えてた。そして、複雑な表情でリシェルの退出する姿を眺めていた。
それから一か月後、昼頃にデルボッチ商会の馬車が、マリーカ子爵が指定した馬車の停留場に停車した。
すでに、そこにはリシェルが居たが、メイド服を着た侍女とトランクを取り合っていた。
「ミュラ離しなしてくださいな。馬車がもう来ていますわよ」
「お嬢様のお供は最後、お嬢様が馬車に乗り込むまではお供したいのです」
リシェルは、トランクから手を放して
「はぁ。分かりましたわ。荷物は商会の人に渡しておいて頂戴ね」
「はい、お嬢様。命に変えてでもお渡しします」
「いやだわ、そういうのは良いですわ」
そんなやり取りをしているうちに、デルボッチが二人の前に姿を現す。
「あなたが、マリーカ子爵令嬢で御座いますね。私は、デルボッチ商会会長、ガリス・デルボッチと申します」
「はい、わたくしが、リシェル・マリーカですわ。これから宜しくお願いいたしますわ」
「申し訳ございませんが、早々に移動しなければなりません。荷物は隣の男に渡してください」
そう言われて、侍女は隣にいたビリにトランクを渡した。
「うう、お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。使用人一同お嬢さんの帰りを待て降ります故」
「まったく。そこまで気にしてもらわなくてもいいのですわ。でも、ありがとう。ミュラ、行って参りますわ。ところで、デルボッチ様、わたくしはどの馬車に乗れば宜しいのですか?」
「それなら、あの馬車に、前側から乗り込んで頂きたい」
デルボッチは、リッドが御者席にいる馬車を指差して言う。
それに頷き、リシェルは馬車へと乗り込むと、既に先客が四人いた。リシェルの見立てでは、粗末な服に汚れた肌から、村人と判断していた。
ここで、自尊心の高い貴族なら、村人と一緒の馬車に乗れるかと癇癪を起すものだが、彼女は魔法学院で平民とも仲が良かったので気にはしなかった。
「あら、先客がいらしたのですね」
「わあ、綺麗な服だわ、肌もすごく綺麗」
「あら、ありがとうございますわ。わたくしは、リシェル・マリーカ。これからは同輩なのですから、リシェルと呼んでくれればいいですわ」
「あ、ごめんなさい。わたしはニャマだよ。よろしくねリシェル」
そこに隣にいたサリーナが小声で、ニャマに耳打ちする
「ニャマ。あんな綺麗な服。きっとお貴族様だよ」
「ん? あの態度だもん。気にしないと思うよ?」
「そうかな?」
「そうよ。それに、こそこそしている方が失礼かもね」
「え! そなの?」
そう言われたサリーナは慌てて
「あ、リシェルさん私そんなんじゃなくて、ああ。私、サリーナです」
「はい、サリーナさん、わたくしは気にしておりませんわ。それに、魔法学院に居た時も最初は皆さまその様な感じですのよ」
そう言ってリシェルはくすくすと笑う。その言葉につられるように、リリとカリナも
「そうですか、リシェルさん。リリです。この中では最年長になるのでよろしく」
「私はカリナです。その、よろしくです」
「わかりました。ニャマ、サリーナ、リリ、カリナですね。覚えましたわ」
リシェルは、名前を確認するように、周りを見渡した。その中でニャマは何かを聞きたそうな顔をしていたので
「ん? ニャマさん? わたくしに何かおありですか?」
「うん。リシェルは魔法学院に居たんだよね。なら魔法について教えて欲しいな」
「構いませんが、退屈ではないでしょうか?」
「へーきへーき。どうせ座ってばかりでおしゃべりしか出来ないから。それに、私達は会話のネタが無くなりそうだったから丁度いいのよ。ね、みんな」
「……それならば、構いませんわ。ただし、途中退学ですし、成績は上の下位ですので、しっかりした教えは出来ないかと思いますが」
「構わないわ」
「では、そうですね。魔法とは……」
リッドは、急遽始まった魔法授業に「なにやってんだか」とつぶやき、馬車を走らせ始めた。
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