第4話 あれを倒してもかまわないよね
王都トトリアまでの工程で、三日目は長い生魔中立地帯を通ることになる。
人類を守る生気を放つ『生命の宝珠』と、魔獣を守る魔素を放つ『魔の宝珠』がある。元々は、すべて生命の宝珠だったのだが、はるか昔に生命の宝珠に魔素が溜まり魔の宝珠へと変容し宝珠から魔獣が現れるようになった。
長い戦いを経て、魔の宝珠を浄化できない人類は、滅亡寸前まで追いやられたが、ここで救世主たる召喚勇者が現れ、魔の宝珠を浄化し生命の宝珠に戻すことが出来るようになり、人類は徐々に巻き返して行った。
昔は大陸全体にいきわたる位に多数の宝珠があった。しかし、長い戦いの際に砕けて欠片になってしまった宝珠は幾つもある。その欠片にも多少の生気を放つ効果がある。
また、砕けた宝珠の効果範囲は、生気も魔素も放たなくなるため周りの宝珠の影響を受けることとなる。
この生気と魔素が入り混じっている所が生魔中立地帯だ。ここで村や都市は作るには、生命の欠片を都市の中心に据える必要がある。
トアル王国では、この地帯の中心辺りに、欠片を使って都市を創る計画を建てている様だが進んでいない。
ゆえに、都市が出来るまでは、ここには道を通すことしか出来ない。
道といってもしっかり整備されているわけではなく、なだらかな草原に土の道が出来ているだけだ。
土壌もよさそうで、もし、周りの魔の宝珠を浄化してこの一帯を生気で満たせば、大きな穀倉地帯になるだろう。
「おい、今から中立地帯に入る。魔獣や野生動物が出る確率が高いから、今日は馬車でじっとしてろよ」
御者席から顔を出したリッドが、それだけ言って御者席から離れていく。
ニャマの耳には時折、動物の鳴き声や、物を叩く戦闘音が聞こえてるので、一度外の戦いを見てみたい衝動にかられたが、リッドに注意されていたので諦めていた。
「リッドさん達強いから大丈夫だよね?」
サリーナは不安げにニャマに尋ねる。
「今のところは大丈夫そうよ。あっさり片付けているみたいね」
「そっか。ニャマ耳いいから聞こえるんだ。私は時々しか聞こえないから」
そうして、予定の野営地までは、問題なく進むことが出来ていた。夕方ごろ野営地に着くと直ぐにリッドが顔を出して
「おい、四人とも野営道具出すから、一旦焚火の前で待機してくれ」
どうやら、ニャマ達の奥の荷物は野営道具だったようだ。ニャマは言われた通り、馬車から出て、焚火の方に向かう。
周りを見渡すと、この一帯だけ広場になっており、反対側には別の商会の馬車が止まっていた。
「あ、向うに別の馬車が止まってるね」
「本当ねえ。すれ違いになるのかしら」
リリは、馬車の向きがデルボッチ商会の馬車と逆方向になっているのを見てそう判断した様だ。
そうこうしているうちに、私達が居た馬車から次々と荷物が降ろされ、すぐにテントが建てられ始め、もう一方では食事の用意を始めていた。
「仕事早いね。あ! 凄い。台所の魔装具だ」
「だね。冒険者になるにはあれくらい早く用意しないとなんだね」
「手伝う隙は無いわね…… これからやれるのかしら」
カリナさんが余りの手際の良さに落ち込んでしまった。
夕方から設営を始めたのに、日が完全に落ちる前にテントと料理は完成していた。
「野営だからな、パンとスープだけだが、まだ細いからしっかり食っとけよ」
ニャマは、売られる前までは、碌に食べられなかったので、若干塩辛い野営の料理でも美味しく思えた。
食事中はリッドの冒険者時代の話が聞けたので満足だった。今日の話は低級ダンジョンで生計を立てていた時の話だった。
そして、食事が終わってそろそろ寝る用意をするころに事件は起こった。
「全員警戒! 狼! 魔獣の方だ!」
その声に、緊張が走る。向こうの別の商隊も警戒を密にしている。
「ちぃ! こっちにもいるぞ! 囲まれてないかこれ!」
向うの商隊からそんな声が上がっていた。
ニャマは、食事の時に使った木のフォークを咄嗟に掴んでいた。
「おまえらは、焚火から離れるなよ!」
魔獣狼は野営を取り囲んでいる。すでに戦いは始まっており、周りには怒号と戦闘音、狼の吠え声が聞こえている。ニャマ以外の三人はその光景に怯えていた。
「今のところは、大丈夫みたい」
ニャマはそういいながら、状況を見ていた。デルボッチ商会の社員達は、危なげなく魔獣狼を倒しているが数が多く、こちらに気を配る余裕はなさそうだ。
問題はもう片方の商隊の方で、護衛の冒険者らしいパーティが戦っているのだが、苦戦している様だ。
(向うのパーティ、抜かれそうかも)
そうニャマは、そう言おうとしたが、変に怯えさせるわけにもいかないので言うのを辞めた。
そのかわりに、三人から一歩だけ向うの商隊側に静かに移動した。
しかし、それに気が付いた、サリーナは
「ニャマ。焚火から離れたらダメだよ?」
「え? うん、分かってるわ。でも少し熱くて、て、あ!」
その瞬間、向うのパーティから魔獣狼が一匹抜けてこっちに走って来た。咄嗟に三歩前に出る。
抜けた魔獣狼は、絶好の位置にいたニャマを見て即座に飛び掛かる。噛み付いてそのまま引きずって逃げるつもりだ。彼女に誘われたと気付いていない。
ニャマはフォークを逆手に持ち替えて、気持ちを集中させる。すると、飛び掛かる魔獣狼の動きがスローモーションになる。ニャマは、飛び掛かる魔獣狼を紙一重で避けると共に、逆手に持った木のフォークを魔獣狼の目に突き刺し、そのまま、飛び掛かる勢いを利用し掌でフォークを根元まで突き刺した。
ゆっくりと流れるニャマの感覚が、ずぶりとフォークが眼窩の奥にまで入る感触があり、視神経から脳にまで届いたと感じた。
飛び掛かった魔獣狼は、そのまま頭から落ち、そのまま動かなくなった。
(ふう、お父さんと魔獣狩り行っててよかったわ)
そう思って、三人の方に戻ろうとすると、リッドが三人を守る位置に立っていて、驚いた顔でニャマの方を見ていた。
ニャマは、どうやら自分が何もしなくても、リッドが間に合っていた様だと気が付いた。
ニャマは慌てて
「リッドさんごめんなさい。間に合わないと思って。それと向うのパーティ危ういです」
リッドは、倒れた魔獣狼が動かないのを確認すると、安心した表情になり、慌てて真面目な顔をして
「取り合えずこっちに来い、後は俺らに任せろ。終わったら話があるからな!」
リッドは、すぐに向うのパーティの援護に向かって行った。
どうやら、ダルボッチ商会の人達の所に来た魔獣狼は倒すか逃げた様だ、それと共に、向うの商隊を襲っていた魔獣狼も諦めて逃げ帰ったようだ。
「もう、ニャマは。いきなり、狼さんに向かって行くから驚いちゃったよ」
サリーナは、子供のころからニャマのことを知っているし、その際に魔獣もみているので、さほど驚いていないが、リリとカリナは、初めて見る魔獣に震えて抱き合っていた。
「助けは無いと思ったし、飛び掛かって貰わないと面倒だったからね」
そして、皆が後処理をしている中、リッドがニャマ達の方に歩いてきながら。
「こら。いくら何でも、丸腰で魔獣狼に向かって行ったら駄目だろう」
「ごめんさい」
「まったくだ、飛び掛かれた時は肝が冷えたぞ。魔獣狼が倒れてくれて助かった訳だが」
リッドの言葉を遮って、ニャマの倒した魔獣狼を確認していたビリがリッドを呼ぶ
「リッドこっちに」
「なんだ? 今説教中……」
「いいから、来てくれ」
「なんだよ。まったく」
リッドは、ビリの所に向かうと、彼は血まみれの木のフォークを見せた。
「? なんだそのフォーク?」
「……この魔獣狼の右目から出てきたんだよ、しかも根元まで刺さってたぜ」
「まて、そのフォークうちの食事用のだよな? ということは」
「だな、躱すついでにあの子が突き入れたんだろうよ」
二人してごくりとつばを飲みしばし沈黙が流れる。
意を決したようにビリがつぶやく
「おまえ出来るか? 俺は出来んぞ」
「無理だ…… ニャマは、今まで自分の技能を確認してないらしいぞ」
「一体どんな技能を持っているんだか。掘出し物っぽいな」
「まあいい、後でデルボッチさんに報告しておく。俺はこれから手を出さない様にニャマに説教の続きをする。処理は頼んだ」
「おおよ。傷の殆ど無い魔獣狼の皮だ。しっかり処理すれば高値が付くぞ」
その言葉を聞きながら、リッドはニャマ達の所へ戻って説教を始めた。
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