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 その日は雨上がりでアスファルトの窪みに小さな水たまりが見られたが、空気はよく澄んで清々しい気分になる朝だった。いつも通りに新聞配達を終えて交差点への坂を登ってくると、自転車を降りる前にブルーアワーの君の姿を見つけた。彼女もいつもと同じくカメラを交差点に向け、シャッターを切っている。ただこの日はその彼女を見るもう一つの視線に気づいた。


 男だ。上下の黒いスーツに黒い革手袋をして、がっちりとした顔つきであごひげを生やしている。髪はきっちりまとめて後ろで小さく括ってあり、とても普通の会社員ではない風貌をしていた。その彼は何も言わず、カメラの撮影を続ける彼女を交差点の東側から眺めている。


 その眼光の鋭さに思わずタツヤは自転車のハンドルを握る手を緩めてしまい、ガツ、とガードレールに車体をぶつけてしまった。

 男の目はタツヤを捉えるとおもむろに頭をこちらに向け、値踏みするようにじっと見据える。

 初めて目にする男だ。顔も全然知らないし、今までの人生で関わり合いになったことがない類の人種だと直感できた。

 男は小さく口元を動かすと、彼女ではなくタツヤの方へと足を向け、一歩二歩と近づいてくる。

 逃げるべきだと本能は告げていたけれど、自転車のペダルに上手く足がかからず、そうこうしているうちにも男は一メートル先までやってきて「おい」とドスの利いた声を投げてきた。


「何でしょうか」

「彼女にはもう近づくな。早くここから去れ」


 それだけ言うと男はまた小さく口を動かし、右手に握っていた白い粉をタツヤの足元へと投げつけた。

 何するんですか、と声を出そうとしたが、その途端に世界は明るくなり、男の姿も、彼女の姿も、目の前からすうっと空気に薄まるようにして消えてしまった。

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