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 それから何回か交差点の女性に声を掛けてみたが直接の反応は一度として得られなかった。返答をしないというよりは、こちらの存在が分かっていない、そもそも見えていないとしか考えられなかった。店に戻り、アカネや店長に幽霊が出るとかそういった類の噂があるか尋ねてみたけれど、交差点を渡ってしばらく行った先に神社があるから、昔から奇妙な噂の一つや二つはあったんじゃないかと言われてしまった。


 新聞配達を終えて部屋に戻ってくると、しばらく敷いたままの布団に寝転がって天井を見上げる。大学は寮生活だと聞いている。既に手続きは済んでいて、三月三十日から入居予定になっていたけれど、まだ荷物はまとめていない。パッキング用のダンボールが畳まれた状態で部屋の隅に積み上がっている。

 そのすぐ手前には柱のように重なった新聞の束がある。その全てが全く同じ三月十三日のものばかりだ。同じ三月十三日を繰り返しているだけならこんな風に同じ新聞が貯まったりはしないだろう。こんな不可思議な現象は誰に説明したところで理解してもらえない。それどころか病院にでも連れて行かれるのがオチだ。


 窓の外は雪がちらついている。ブルーアワーの君は現実の人間なのかそれとも幽霊のようなものなのか分からないが、彼女の中では確実に季節が過ぎ去っていた。最近は帽子から出た髪の毛にも白いものが混ざり、最初に気づいた時よりも何歳か老けているのではないかと思うようになった。


 タツヤの意識を除けば、この積み上がった同じ日付の新聞と、毎日変化していくブルーアワーの君だけが昨日とは違う三月十三日が訪れているのだと教えてくれている。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。最初はアカネと約束したブルーアワーのベストショットを撮るチャンスを何度も与えてくれているのだろうと好意的に解釈していたのだが、カメラは一度としてその光景を切り取ってくれず、目覚めればいつも三月十三日と知って落胆する日々を送るうちに自分には写真の才能などなく、アカネに告白することもできず、ただ愚直に新聞配達をすることしか能がないという現実を痛いほど知っただけになってしまっている。


 ブルーアワーの君はどうなのだろう。タツヤとは別の世界を、ちゃんと時間経過のある世界を生きているように思えるが、その表情には一度として喜びを見かけたことはない。いつもどこか悲しげで、それは都会で事務職をしていたアカネがこの街に戻ってきた頃に見せていたものによく似ていた。

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