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もう何日分の三月十三日を過ごしただろうか。それは雪がガードレールの上にうっすら残っていた朝のある日だ。タツヤは遂に意を決してブルーアワーの君に話しかけてみようと思い、丘の上の交差点へとやってきた。
物音を立てないように注意深く自転車のスタンドを立ててガードレール脇に停めると、視線をそっと交差点の向こう側へと向ける。そこにはニット帽とピンクの耳当てをした、レモンイエローのコートを着た女性が震える手で何度もコンパクトサイズのデジカメで交差点を撮影していた。けれど彼女はタツヤの姿には気づかない。見えていないのか、それとも視界に入っていても気にするような存在ではないと思われているのかは分からないが、ともかく気軽に話しかけて良さそうな雰囲気は感じられない。それでもタツヤは小さく息を吸い込み、交差点を渡っていく。彼女のカメラは終始タツヤのことを
それはタツヤが手を伸ばせば触れられる距離まで迫っても変わらず、流石にどうしたものかと思案したが、ここまで来て声を掛けないのも余計に妙だろうと思い直してタツヤは小さく息を吸い込むと「あの」と切り出した。
けれど彼女のカメラのシャッター音だけが響く。
「あの、すみません」
挨拶のときのような大きな声でそう言うと、彼女は驚いたような表情で「どうして」と口を動かした。
「その、いきなり声を掛けて本当にすみません。ただ、いつも気になって見ていたもので。どうして交差点ばかりを撮影されているんです、か」
彼女の目はこちらを見ていない。ずっとデジタルカメラの確認用小型モニタへと向けられ、何度も口が「どうして」を形作る。しかし声は一切聞こえてこない。それにタツヤの問いかけにも応じず、そうかと思えば何かを探すように慌てて周辺を見回し、呼びかけるように大きく口を動かす。
「どうされたんですか?」
何度も自分が撮影した画像を見ては息を荒くして大きな口を開ける彼女に呼びかけてみるものの、一向にタツヤの存在に気づく様子はなく、そのうちに彼女は大きく肩を落として目元を
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