第2話

勤務開始時間になり、始業前恒例の体操で身体をほぐしてからブリーフィングとなる。

基本的なスケジュールは変わらないのだが、臨時便やVIPなどが追加されることもあるし、航空会社から作業内容の変更が伝えられるときもある。

今日の特記事項は特になし。つまり、臨機応変に現場で対応しなさいということだ。

「早川、これが終わったら部長が話ししたいそうだ」

係長の言葉に、一斉に周囲から視線が突き刺さる。隣に座っていた同僚が、小さな声で何をやらかしたんだ?と聞いてくる。

課長ではなく、何かインシデントが起きたときくらいしか下っ端に関わってこない部長から呼び出しとなれば、説教以外ないんだろうなぁ……。

でも、私にはまったく心当たりがない。まさか、課長に作業効率の悪さを文句言ったことかな?

「部長、お呼びでしょうか?」

作業服の名札に視線をやってから、部長は早川かと名前を呼んだ。

そして、ミーティングルームへと連れていかれた。一対一の対面とか、マジで恐ろしいんですけど!

「早川は異世界について詳しいか?」

突然切り出された話題は、まさかの異世界。

「一般的なことなら知っていますけど……」

私もオタクではあるので、SNSなんかでよく情報が目に入る。

テレビで放送されているよりもディープな話題も入ってくるし、異世界人は美男美女ばかりで目の保養にもなる。

「今度、その異世界で新しい空港が開港する。その空港はグランドハンドリングもすべて、空港職員が行うことになっていて、UDWから早川に働いてほしいと引き抜きが来ている」

「……えっ?」

「あちらの、UDWの人事が言うには、君の働きぶりを気に入ったとか」

ちょっと部長、その話怪しくないですかね?新手の詐欺?

「君の上がり時間に説明に来るそうだから」

困惑している私を置いて、部長は言うだけ言って満足そうにしている。

「戦力を奪われるのはこちらとしても痛いが、我が社から選ばれるというのは名誉だ。この話は秘密裏に進めたいとのことなので、課長たちにも言うなよ。内容を聞かれたら、仕事ぶりを褒められたと言うんだぞ」

部長から解放されると、すでに始まっている作業に合流する。

班長や同僚たちが呼び出された理由を聞きたがったので、部長に言われた通りに伝えた。すると、拍子抜けした顔をされたが、私が怒られることを望んでいたの!?

あんな話を聞かされたこともあって、仕事に集中することができなかった。率先してラバトリーのクリニーングに入り、一人黙々とやることで周りに気づかれないようにした。

スケジュールの作業がすべて終わり、出退勤を管理する端末に退勤を打刻して、更衣室で着替える。

部長、誰かが説明に来るって言っていたよね?やっぱり詐欺?

空港関係者しか入れないエリアから一般客もいるエリアに出て、駅の方へ向かう。

「すみません、早川紗奈はやかわしゃなさんですか?」

パリッとしたスーツ姿の男性に声をかけられたけれど、私は返事をしなかった。

「わたくしはこういう者です」

名刺と一緒に社員証のようなカードを見せられた。

そこに描かれているロゴマークには見覚えがある。名刺には異世界連合協力開発機構の文字が……。

人違いだったり、周りに聞かれたくないから、口には出さなかったってことなのかな?

「……早川は私ですが」

「上司の方よりお話を聞かれていると思いますが、ここでは話せないことなので、わたくしと一緒に来ていただけますか?」

お役所特有の、有無を言わさぬ圧力を感じる。しかも、私の名前を間違わずに口にしたことから、なんか調べられている感じがするな。

男性の後ろをついていきながら、私は考えた。

どこにいっても必ず間違われる私の名前。市役所でも、銀行でも、病院でも、自分から申告しないと『サナ』と呼ばれる。

ちなみに、呼びづらいからサナでいいよねと言われ続け、小中高大のあだ名は『サナ』だ。

「そう言えば、早川さんのお名前、漢字は珍しくないのに、読み方は珍しいですよね。何か理由でもあるのですか?」

理由……はもちろんある。一般的にはくだらないと思われる理由が。

「父が好きなキャラの名前です」

オタクあるあるではないと思いたいけど、好きなキャラの名前をペットにつけたりとかは共感してもらえるのではないだろうか?

本音を言えば、露骨にキャラの名前を持ってくるのではなく、もう少しオブラートに包んだ……せめてイメージカラーを入れるとかに抑えてくれればよかったのにとは思う。

「あ、もしかして……」

男性は父が好きな作品名を当ててきた。

「結構古い作品なのによく知っていますね」

「神作品に時代は関係ありませんので」

なんか察した。どのジャンルかはわからないけど、彼もオタクと呼ばれる人種なのは間違いない。

かく言う私も生粋のオタクである。オタクの両親から生まれ、生まれたときから漫画やアニメ、小説にグッズと二次元キャラに囲まれて育ったのだ。

同族意識が芽生えたからか、彼のことを苦手だと思わなくなりつつある。

外交官ナンバーのハイヤーにスマートにエスコートされ、車内で最近のアニメの話題で盛り上がればもう友達感覚だ。

「忘れるところでした。これから会っていただく方の前では、こちらを必ずつけていただけますか?」

渡されたのはゴツい腕輪だった。金でできているようにも見えるが、表面の細工といい、埋め込まれている宝石といい、ゲームによくあるバフアイテムみたいだ。

「……これ、なんの効果があるんですか?」

「あはは。やっぱりわかります?それ、翻訳機なんですよ」

翻訳機といえば、スマホアプリかボイスレコーダーのような小型のタイプを連想するけど、これはまさに異世界アイテム。

「え……ちょっと怖いんですけど……」

異世界の物をほいほい気軽に身につけたくはない。バフがあるならデバフのような呪い系だってありそうだもの。

「大丈夫ですよ。当組織で人体実験を行って、無害を立証済みですから」

今や、外交には欠かせないアイテムです」

……人体実験って言葉も気になるが、外交って異世界とのだよね?地球の国同士の……あ、それにも使っているのか。納得。

思わぬ秘密を知ってしまった。この男、存外口が軽いのか?


あれよあれよとあっという間に、私でも知っている一流ホテルに到着し、これまたきらびやかな内装のエレベーターに乗せられ、彼がスーツの内ポケットから取り出したカードをかざすと動き始めた。

ポーンッと軽やかな音がしてドアが開くと、テレビでしか見られないような豪華な空間が広がっていた。

「こちらです」

足下にはレッドカーペット、天井には小ぶりでもめっちゃキラキラ輝くシャンデリア。等間隔で置かれているのはゴージャスな花瓶やよくわからない像、絵画など、この廊下だけでも何億円もかかっていそう。

「……資料用に写真撮りたい」

脳内妄想では、豪華な空間が似合いそうなCPカプをいくつか思い浮かべ、イチャコラさせるのに忙しい。

「創作されているんですか?絵描き?物書き?」

「二次オンリーの物書きです」

「へぇ、凄いですね。僕は読み専なので、創作活動できる人は尊敬します」

同人活動を始めてそこそこ経っているのだが、オタクの友人たちもみんな創作する側なので自分では凄いなどと思ったことはない。

どちらかと言えば、イラストや漫画を描ける絵師さんたちの方が凄い。

今はデジタルが主流とはいえ、ネームやコマ割り、下絵にトーンやベタ、ふきだしにセリフを入れるのだって大変だと思う。

私は画像ソフトを使うのが下手なので、表紙は基本、友人にデザインや加工をお願いしている。

あ、次のイベントの新刊の表紙、お願いしなくちゃ!

次のイベントまでのスケジュールを考えていたら、ありえないくらい豪華絢爛な部屋の中に足を踏み入れていた。

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