Have a good flightー異世界空港はいつもてんやわんやー

向日葵

私が異世界空港で働くにいたるまで

第1話

物凄い音を立てていたエンジン音が徐々に小さくなっていき、完全に停止すると、慌ただしく作業服に身を包んだ人たちが動き始める。

タイヤにはチョークが置かれ、ゆっくりとPBB(パッセンジャーボーディングブリッジ)が機体に接近していく。その後方では、貨物室からコンテナを下ろすための車両や手荷物を移し替える車両が集まっている。

地上からPBBを見上げれば、飛行機から下りたお客様が興奮した様子で外を指さしているのが見えた。

お客様の流れが途切れるようになってから、私は階段を登り、PBBの中に入る。

飛行機のドアの前には、お客様をお見送りするCAさんと現地スタッフの姿があった。

お役人みたいなスーツ姿の男性が下りてしばらく、CAさんからオールオフですと声をかけられる。

私は下で待っている部下たちに向けてサムズアップを送り、チーフパーサーから特別な追加作業が必要かどうかの確認に向かった。

機内に入るとき、チラリとパイロットたちの名札が掲げてある場所に目をやる。

機長の名札には知っている名前が刻まれてあった。

「あれ、早川さんだ」

前方フォワードのクルーバンクから出てきたのは、顔見知りの副機長コーパイだった。

私はお疲れ様ですと挨拶をしたが、彼はするりと私の側に寄ってきて肩に腕を回す。

「仕事終わったら食事行こうよ」

この男、自他ともに認める女好きである。チーフパーサーから冷たい視線を送られているのに、まるっきり気にしていないのも凄い。

「お断りします。刺されたくないので!」

こちらの可愛い女の子たちに手を出しているという噂も聞いているし、先月くらいには修羅場があったとも聞いている。

「あ、ランプさん!借用は何時までですか?」

整備さんとの話を終えて、降機しようとしていた別部署の職員を捕まえる。

「借用は16時までで、そのあとは22番スポットまで引っ張る予定」

副機長に絡まれている私を見て、苦笑しながら教えてくれた。

「早川さん、冷たいよね~」

「すみません、時間ないんで!」

トーイングまで2時間を切っており、この人数でやるとなるとギリギリというところか。トーイング中は車両移動などで人員を割くことになるし、20番台のスポットは少し離れているので移動にも時間がかかる。

副機長を振り切り、部下たちにトーイング時間を周知し、作業の優先順位の変更を指示する。

「客室さん、クルーが機内で虫を見かけたらしいから、殺虫お願いね」

うわっ、マジか!

こちらには生き物の持ち込みは禁止されているし、フライト前にも必ず殺虫作業を行っているが、たまに生き延びるやつが出てくる。

作業中は機体のドアが前方2個所、後方アフター2個所開いているので、夏場などは油断できないのだ。

「フェリシアさん、殺虫お願いします」

部下の中で唯一魔法が使えるフェリシアさんに客室全体に殺虫の魔法をかけるよう指示した。




――――――


事の始まりは5年前。

とある地方都市にとある集団が現れた。格好は奇抜なものの、全員が美男美女だったという。

それを目撃した現地の人々は思った。『何かのイベントかな?』と。

クオリティーの高いコスプレだと、現地の人々はその集団に群がった。

今でもネットで検索すると、当時、スマホなどで撮った写真や動画がヒットするくらいだ。

その後、現地の人々は大変困惑する状況になり、警察が出動するほどの騒ぎとなる。

人間ではありえない色の髪や目の色、欧米人のような体格のよさ、流暢りゅうちょうな日本語と怪しさ満載の集団は、職質した警察官に意味不明のことを並び立てた。

警察ではらちがあかないとされ、市役所の職員が呼ばれ、さらには出入国在留管理局の職員まで動員されたらしい。

そして、その出入国在留管理局の職員がいい仕事をした。

コスプレ集団が転移魔法によって、聞いたこともない国からやってきたと証言したのを本当に信じたのだ。彼はガチオタだった。それも、ラノベをこよなく愛するオタク。

多次元、座礁、、演算といった単語により、とある作品を連想したと、新聞のインタビュー記事に書かれていた。

私もその作品を読んでいるが、あれは魔法ではなく超能力だったはず。

その職員が上にかけ合い、さらにはSNSや掲示板を使って世論を動かした。

正体不明の、未知の力を使う集団をオタクたちは歓迎した。

いや、物凄いお祭り騒ぎだったのを覚えている。

もちろん、アンチ勢も湧いていたけど、オタクたちの勢いには勝てなかった。瞬く間に世界へ拡散し、世界中のオタクを味方につけ、真っ先に日本が異世界と友好を結んだ。

オタクは日本の政治中枢にも根を張っていたのだ。

噂によれば、国会議員たちがこぞって異世界もののラノベを読み、勉強したとか。そして、行われた友好会議はのちに『ラノベ会議』と呼ばれるようになった。

日本をトップに異世界との交流が始まり、異世界との繋がりが欲しい国々が集って同盟を組み、加盟国は20国以上に増えた3年前。異世界で一番大きな国、ここ、インヴルム帝国に空港が建設されることになる。

転移魔法――厳密に言えば、転移魔法と空間魔法の混合魔法らしく、説明されたけど私には理解できなかった――のゲートは好きな座標に設置できるということで、安全面を考慮して飛行機で行き来できるようにしたのだ。

ファンタジーの世界お約束の魔物がいるので、陸路で繋げるのは危険だと判断されたためだ。日本でも、線路に猪や熊が立ち入ることもあるし、車が野生の動物に接触なんてこともあるから、妥当なんだろうけど……。お約束のドラゴンも稀ではあるが出現するので、完全に安全とは言えない。


飛行機や空港の管理は地球のテクノロジーで行われているが、一部では魔法も使用されている。そのため、空港職員は地球人が多いものの、異世界の現地の人も働いている。

異世界人が多く配属されているのは警備部で、その次は機体課、そして私がいる客室課だろう。

警備部は空港全体の警備を請け負っており、チェックインカウンターがあるターミナルから手荷物検査場、さらには格納庫まで、魔法と不思議な生き物と武器を用いて、地球人が持ち込んだ機械テクノロジーを狙う者から守ってくれている。もちろん、地球側からの不届き者も彼らの魔法の前では逃げも隠れもできない。

機体課は、本来なら航空会社の子会社が受け持つ地上業務の一つを行う部署である。航空法に定められた時間を飛んだ飛行機はすべてバラされて、念入りなチェックが行われる。そのときに、清掃クリーニングも徹底的に行われるのだが、時間が経過した汚れはしつこい!そこで、魔法の出番というわけだ。浄化魔法はあらゆる汚れを落とすから便利なのだが、飛行機全体にかけてしまうとグリスまで除去してしまうので、整備士が指示した場合しか使用してはいけないと決められている。

ちなみに、日本政府から認可を得ている航空会社から委託を請けてやる外注作業である。空港維持・管理に必要なお金を稼いでいるのだ。

客室課は、機内の清掃と機用品の搭載を行う部署である。フライトを終えた飛行機を次のフライトへ向けて客席からCAたちが使用する物品、すべてのセッティングをする。ここで使用が一番多い魔法は除去魔法だろう。飲み物をこぼしたり、飛行機に酔って嘔吐した後始末に使われている。その次が殺虫魔法だ。

こんな便利な魔法が地球でも使えたらと思わずにはいられないが、世の中甘くはない。

地球で使える魔法はなく、媒介に貯めた魔力を使用する魔道具を用いてなんとか使えるらしい。ただし、威力が半減どころか激減するようで、とある実験で火炎放射器クラスの魔法がガスコンロ程度になったとか。

つまり、激減するなら、既存の家電の方が優秀というわけだ。


本来なら、空港での地上業務は各航空会社が自社の系列を使ったり、専門の会社に依頼して行うのが一般的だ。

この空港では、同盟加盟国並びに異世界の主要各国主導の施設なので、働く職員は異世界同盟協力開発機構、通称UDWの者のみで組織、運営されている。

空港を建設する際は同盟加盟国の建築業界から人員を募集し、かなり厳選して採用した結果、一度も情報漏れが起きず、2年で完成させた。

空港職員は同じように航空業界から募集となったが、各業務の経験者であること、偏見・差別的思考がないこと、敬虔な信者でないことなど、かなり特殊な項目が追加されていた。

地球の歴史を見れば、それらは争いごとの原因となったものだから仕方がない。

また、一部では引き抜きも行われたのだが……なぜか私も引き抜き組だったりする。

いつ、どこで見られていたのかわからないだけに、UDWからお誘いが来たときは青天の霹靂だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る