黒い傘の男
石垣のように山ほど積まれているのは、名前を刻まれていない墓石。所狭しと並べられた石塔や仏像。それらの多くは苔が生えていて、いつも湿っている。墓場の成れの果て。無縁仏を祀る墓所。
墓所の入り口に積もった落ち葉を箒で掃いている女が一人。墓守だ。
墓所には彼女以外生きているものはいない。時間すらも死んだかと思われるほどの静寂、彼女が落ち葉を掃く音が唯一響く音だった。
ふと、女の箒を持つ手が止まる。耳を澄ますと墓所へ続く石段から足音が聞こえる。足音のする方に目をやると黒い日傘をさす男が見えた。男が墓所の入り口までやってくると、女は物珍しさと警戒心から声をかけた。
「無縁仏を参りに来るなんて珍しい方ですね」
「私には縁のある方なんですよ」
ふ、と笑うと男は日傘を閉じる。
墓所は狭いながらも入り組んでいるので、自然と女が男を案内する形になる。
男は墓所を歩き回り数ある墓石を一通り眺めると、「ああこれだ、このひとだ」といって、ある墓石の前で立ち止まる。そして、目を閉じて手を合わせる。長い風が三度吹き終わるころようやく男は顔を上げた。
「生前世話になりましてね、一度お礼に参ろうと思ったのです」
男は周囲の墓石の堆積を見る。
「この墓石の数だけの人生があったんですねえ」
男は感慨深げに息をつきながら言った。女は「そうですね」と応えた。男は再び黒い日傘を開き、女に礼を言うと静かに立ち去った。
女は再び墓所に積もった落ち葉を掃きはじめた。
いずれ自分のゆく先と、無名の墓石に眠る人たちの歩んだ道を思いながら。
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