卵生症候群

「僕は卵から生まれたんだ」


付き合って半年、初めてセックスをした相手からそう告白された。ラブホテルの広いベッドの上に余韻に浸りながら寝転ぶ私と彼。変わったピロートークだなと思った。


「卵生症候群、つまりよくわからないけど卵から生まれましたってこと」


『卵生症候群』一度だけニュースで聞いたことがある。地球の裏側の国で母親が卵を産み、そこから子供が殻を破って生まれてきたという話。きわめて症例は少なく、はっきりした記録に残っているのは片手で数えられるほどだとか。


「妹は普通に生まれたから、原因は僕らしい」

「お医者様がそういっていたの?」

「医者になった友人が、多分そうだとね。」


「面白いものを見せてあげる」と言うと彼はベッドから立ち上がり、鞄から少し大きいお守りを取り出した。お守りの口を丁寧に開き中身を取り出すと、何やら難しい漢字が書かれた紙に何かが包まれている。紙を開くと親指くらいの大きさの何かの欠片。


「これが僕を包んでいた卵の殻なんだそうだよ。親の言っていることを信じるなら」


彼から手渡されたそれは、ほとんど白い、桜の花びらのような色をした、柔らかい陶器のようなものだった。爪でたたけば澄んだ音が鳴りそうなもの。でも卵の殻と言われたらそうかもなと思えるものだった。


「あなたは親の言うことを信じているの?」しばらく欠片を眺めた後、そう言って私は彼に欠片を返した。彼は大切そうに欠片を元のようにお守り袋の中に戻した。


「親のことは信じていないけれど、そういう確信はある」

「確信?」

「生まれる前に世界全部、母親からも僕を守っていたものだから、わかる」

「そういうものかな」

「そういうものだよ」


その後しばらく他愛もない話をしながら、服を着て、ラブホテルを出た。駐車場に停めた彼の車に乗る。車が発進してからはずっと無言だった。私の家の前に着くと、彼はやっと口を開いた。


「ありがとう」

「なにが?」

「話を聞いてくれた」


私は家に帰ると、着替えもせずにベッドに横になり、卵に包まれた自分というのを想像してみた。想像した自分を包む卵の固い殻はひやりと冷たかった。


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