三途の川の果ての果て

三途の川にも広狭浅深はある。一般的によく言われる川の向こうでおばあちゃんが手を振っているところというのは川幅が狭いところだ。


私は事故に遭いこの世に妻子を残し、あの世まで来てしまった。孫に向かって手を振るおばあさんをみて、三途の川の川幅の狭さに気づいた。この世に帰るチャンスだと思い意を決して飛び込んだ。しかし川幅が狭いところというのは深くて流れが速い。私はそのまま流された。


流されれば流されるほど川幅は広くなり岸まで泳いでいくことは困難になった。途中何度か渡し船にあったが、六文銭を持っていないこと三途の川に許可なく飛び込んだことから、船に乗せてもらうことはできず、そのまま流され続けた。


地獄に仏ということわざがあるくらいだから地獄にはまれにでも仏は現れるのだろうが、三途の川の流れの中には仏はやってこなかったというわけである。


そして海へ出た。


陸に上がろうかと考えたが、海から陸に海流が流れているところはネズミ返しの崖になっており登るのは困難と思えた。逡巡していると崖から人が落ちてきたので話を聞いてみると、崖に登り続けて何百年にもなるという。賽の河原のほうがマシだと言いながらもまた崖を登ろうとする彼を見て私は途方に暮れた。


私は海を泳ぐことに決めた。川を流されても死ななかったのである、あの世であるここではこれ以上死ぬことはないと考えた。多分に博打であったが、やはり死ぬこともなくほっとした。海の中には稀に魚がいることもあったが、それに対して不思議と空を飛ぶ生き物とは出会わなかった。


何時間か何年かわからないくらい泳いでいると同じよう泳ぐ人と出会うこともある。


「あの世の海の果てには神様の国がある。俺はそこを目指すのだ」


といって泳ぎ去った彼が、神様の国にたどり着けたかはわからない。


どこまで行っても陸地が見えないので、思い切って海を潜ってみた。あの世というのは便利なもので呼吸が苦しいということはない。あの世の海は、かなり深く潜っても真っ暗にならない。不思議だ。


偶に魚と眼が合いながら、どれくらい潜ったのか忘れたころ海の底に足が着いた。それ以降は歩くような泳ぐような格好で進んだ。


しばらく途方もない時間、歩くと街のようなところに出た。人々が私を指さしとても驚いているのが遠くからでも分かった。海の底にあの世がある宗教観もなしに、この街にたどり着くのはとても珍しいことであるということを後で教えられた。


「あなたはここで暮らすこともできる」と街を統べている、長老なのか精霊なのかわからない人物に言われた。何となくここにとどまるのは私にとって正しいことではないと思ったので海の底の街を後にした。



海溝があった。底のほうからは赤橙の光が漏れている。きっと地獄に通じるのだろう。地獄はごめんだ、とその場を後にするした。なにか地の底からうなり声が聞こえた気がしたが聞こえなかったふりをした。


さて、海底にも飽きて流れるままに漂う私。いつしか考えることをやめ、家族のことを思い出すこともやめた頃、身体が人ではなく魚のようにになっていることに気が付いた。


自由自在に泳ぎ回っていると魚の群れを見つける。言葉はわからないが意思が伝わる。彼らは、何を目指すわけでもない、あの世の海で永遠を生きることを決めた者たちだった。元の魂の形はわからない。


私は群れを見て家族のことを思い出した。家族に会いたかったので群れには加わらず、独り泳ぎ続けることを決めた。


久しぶりに海面に出ると相変わらず殺風景であった。


あの世には太陽も星もあるようでないので方角が分からない。あてずっぽうで進む。


嵐と出会う。今までにない変化だったので、嵐の中心へ向かって進む。海は全部がかき混ぜられるように荒れ、泳いでいるのか、流されているのかわからない。嵐の最高に強い中心には渦潮があり、それに巻き込まれたところで意識が途絶えた。


意識が戻ると、今度は空を飛んでいた。


海も陸もあきらめた私にはちょうど良いと思い、空の果てを目指して飛ぶことにした。


雲を抜け、空の境界を越えて、星や月や太陽を横切っていく。いくつもの銀河を通り星々の生まれいずるところを目指して永遠ともいえる時間を飛んでいった。


星の生まれるところにたどり着いた私は、人のような姿に戻り、座り宇宙を眺めた。これまでの旅で超越的な感覚を備えた私は時間や次元を超え、地球、つまりかつて私が生きていた世界、そして残した妻子が生きている世界を見つけた。


妻も子供も私の死にくじけることなく幸福に生きていたことが分かり、私は安心して眠った。

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