地霧

激しい雨ともに『それ』は空から降りてきた。


『それ』は粘度のあるのようであった。風雨に交じりながら『それ』は生きているかのように波打ちながら、その街にへばりついた。


雨がとても強く空を見上げる余裕もないほどだったので『それ』が降りてきたことに気づいた人はいなかった。


雨が降り止み街の人々は、やっと異常に気付いた。


地霧が街一面を覆っていた。他人が長靴か普通の靴を履いているのか判断しかねるくらいの高さまでが霧に覆われていたのだ。地霧は一見すると生活に支障があるほど視界を遮るものでははなかったし、すぐに無くなるだろうと街の多くの人は考えていたので、しばらくは大きな混乱もなかった。


一週間ほど経っても地霧は消えることなくその街を覆っていた。街の人々の不安は大きくなった。はじめこそ足元が見えないことから転ぶものが多いという程度のものだったが、どこを歩けば安全かわからない不安は徐々に人々を疲弊させていったのだ。


ある日、男が妻の前で突然消えてしまう事件が起きた。初めは妻の狂言や妄想と思われ警察も真剣に取り合わなかったが、妻の依頼を受けた探偵が現場周辺を調べたところ、男がいなくなったとされるあたりにマンホールほどの大きさの穴が発見された。しかし、現場周辺にはマンホールも設置されておらず、本来ならば穴などあるはずのないところだということがわかった。果たして穴の底で男の遺体が見つかった。


それから同様の事件がいくつか起きた。多くの人々が街から出ていき、残った人々も政府によって強制退去させられることとなった。その後、街は政府によって封鎖、調査が行われたが一般に公開された情報はほとんどない。


最後まで街に残ったとされる老人の手記をいくつかここに記す。


20××年9月10日 隣に住む××さんが息子夫婦のところへ疎開することとなった。

この街に住む人も少なくなった。地霧に覆われる前は、少ないながらも子供たちが公園で遊んでいたいたものだが、今となっては子供どころか誰もいない。寂しいことだ。


9月1×日 家の中にも霧が侵入してくるようになった。定年後に建てた家だから、若い頃のように隙間風が吹くということもなかったのだが……。業者に点検を依頼してみようと思うがこの街に来てくれるだろうか。亡き妻との思い出が詰まったこの家を出ることは私には考えられない。


9月2×日 家の中で転ぶ。転んだあたりを団扇で霧を払ってみると、床に野球ボールくらいの大きさの穴を見つける。家じゅうの床をくまなく調べてみたところ同様の穴がいくつも見つかった。食料など生活必需品をを手に届くところに集める。


10月×日 食料が尽きた。立ち上がるのが億劫になる。布団で横になるとちょうど全身が霧に覆われる。憎たらしい霧だ。


(日付判読不能) 布団でずっと横になっていた。久しぶりに目覚めた気がする。相変わらず地霧はある。身体に違和感を感じ全身を触って確かめてみると、心臓のあたりに穴が開いていることに気がつく。血が出ているということもない。不思議に思いながらも起き上がるると、身体が軽い。外から私を呼ぶ声がするので(以下判読不能)

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