天羽天音

天羽天音あまばねあまねは天才だった。道を歩けばアイドルやら女優やらのスカウトが行列を作る容姿。学業では10位を下回ったことはなく、スポーツに関しては部活動のエースと同等の活躍をしていた。


彼女と関わった人間は、自分がどうしても凡人であるという自覚を持たざるを得なくなる。何かしら特別な人間であるという根拠のない自信は彼女の前では無理やりはがされてしまう。それに耐えられるものは少ない。


自然と彼女は一人になった。一人になっても彼女は何ら損なわれることなく孤高の存在として教室にあり続けた。


僕は彼女と関わることはないと思っていたので遠くからその姿を眺めていた。


高校生だった頃、昼休みに空いている教室を探して独り本を読むのが僕の密かな楽しみだった。独りでいることは自分を特別にするとでも思っていたのだろう。


いつものように空き教室で本を読んでいると、ガラリと扉の引かれる音がした。教師だったら面倒くさいなと思いながら振り向くと天羽天音が立っていた。僕がいたからか教室から離れようとしたので、僕が別の空いている教室に行くよというと、面倒だからここでいいや、と言って僕から離れた場所に座り読書を始めた。


それ以来、空き教室で二人それぞれ本を読んですごすようになった。もちろん場所はお互い遠く離れていた。


同じ教室で本を読み始めてひと月くらい経った頃だろうか、天才探偵が活躍するミステリを読んでいたら彼女が話しかけてきた。


「その本、面白い?」

「リアリティに欠けていると思うけど嫌いじゃないよ」


本物の天才が目の前にいるからね。話を続けてみたかったが、何を話せばいいのか分からなかったから僕は必死に言葉を探した。しかし、出てきた言葉はありきたり。


「天羽さんはどんな本が好き?」


少し考えるそぶりを見せたあと彼女は答えた


「普通の人を描いている小説かな」


その答えに僕は少しむっとしてしまったのだと思う。孤高な彼女は普通になんて目もくれないものだと考えていたからか、彼女のあるべき姿だと想像していたものと異なっていたからか、あるいは単純な嫉妬か。


「ちょっと意外だった、かも」

「どんな本読むと思ってたの?」

「哲学とか文学とか……僕がよくわからないすごい本」

「期待しすぎ」


彼女はあははと笑って一息ついたあと自分の場所に戻った。そこそこ長く二人、同じ教室で本を読んでいたはずだが、彼女と話したのはこの一度きりだった。


その後、同級生に空き教室で二人、本を読んでいることがばれて冷やかされたりしたので、僕は空き教室に行くことをやめてしまった。二度と彼女と話す機会は訪れなかった。


彼女は今、TVで見ない日はないほどの有名な女優になっている。いくべきところにいったのだという安心と、ほんの少しの寂しさを感じた。


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