茄子カレー
「あなたの作るカレーに茄子が入っているのが大嫌いだった」
昔付き合っていた彼女にそういわれたことを思い出す。彼女のためにひと手間加えた料理をするようになっていた僕はとてつもないショックをうけた。それ以来僕がカレーを作るときに茄子を入れることはなくなった。
今、僕は息子を持つ父親である。
息子はどこからか茄子の入ったカレーがあることを聞いてきたようで、お父さんは作れる?と聞いてきた。僕は作れないという風なことを言ったと思う。
「帰ったらお母さんに頼んでみるといいよ。お母さんは茄子が大好きだから」
そういって息子を妻の元へ帰した。
妻とは別れて七年過ぎたろうか。
僕は妻のことをとても愛していたが、妻の方から別れたほうが私たちはうまくいくといわれてしまった。その時には子供は歩けるか歩けないかだったと思う。
子供はどうする?と妻に尋ねたら、子供は私が育てると強い声で言われたので特に反対はしなかった。そのときの妻の表情は少し悲しげに見えた。
大体全部君の思うとおりにできたと思うのになぜ君はそんなに悲しそうなんだろうというようなことをたずねたと思う。妻は答えてはくれなかった。
ヤカンの鳴る音に意識を現在に引き戻される。アパートの中には僕一人。ヤカンの火を止める。インスタントのコーヒーを入れる。妻と会えた日はいつもより少しだけいいコーヒーだ。
リビングには小さな机と、仕事で使うパソコン。偶に部屋を訪れる人には物の少なさに心配されるが、僕には十分だ。
パソコンの電源をつける。ふとした思い付きで茄子の花言葉を調べてみた。希望や、つつましい幸福なのだそうだ。
今晩、妻が茄子の入ったカレーを食べるところを想像する。
確かに幸せな気持ちになった。
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