第19話――魔法のチャイナドレス 7

「部長の家って、えらい豪勢なマンションなんですねぇ……」

「ま、豪勢ってほどじゃないけど、そこそこ広いわよ。一人暮らしするには十分過ぎるわ」

 部活が終わったあと、晋太郎とましろは陽子の護衛を兼ねていっしょに下校していた。玄関のロビーの清潔さと広さに、二人は圧倒されていた。

「ま、大したおもてなしも出来ないけど、お茶でも飲んでいってちょうだい」

 陽子が玄関のオートロックに暗証番号を打ち込むと、大きなガラスのドアが静かにスライドして開いた。エレベーターホールには液晶画面が備え付けられ、エレベーター内に設置された防犯カメラの映像を映し出している。、

「エレベーターの中にも防犯カメラがついてるんですね。セキュリティはしっかりしてるんだな」

「まあね。ウチが親の海外赴任についていかずに、自宅で一人暮らしをさせてもらえてる理由の一つがそれよ」

 エレベーターに乗り、六階のボタンを押す。このエレベーターもなかなかの広さだ。やがてエレベーターは六階に到着し、扉が開いた。

「ところで部長。その、ストーカーっぽい視線ですけど、家の周辺でも感じるんですか?」

「うん。ここ数日はね。なんか、登下校のときも常に監視されてた感じ。ああ、今日の帰りはそんな感じはなかったな。君たちのおかげだ!」

 スカートのポケットからキーホルダーを取り出して、陽子は玄関の扉を開こうとした。

 だが、その手が一瞬止まる。

「どうかしましたか、部長?」

 陽子は止めていた手再び動かし、鍵を開いた。

「何でもないわ。さ、入って入って。すぐお茶にしましょう」

「おじゃましまーす!」

「お、おじゃましますっ……」

 陽子は先頭に立ってずんずん部屋の中へ入っていく。

 広々としたリビングに晋太郎とましろを案内した陽子は、ケトルに水をいれてIHヒーターのコンロにかけた。

「ちょっと着替えてきちゃうね。テレビでもみて待ってて」

 リモコンで大きな液晶テレビの電源を入れると、陽子はその奥の部屋へと向かった。

「よかったです。部長さんのおうちが、セキュリティしっかりしてて」

「うん。これならとりあえず、玄関の前まで送ればほぼ安全だろうしね」

 晋太郎も安心した様子でくつろぐ。

「……それにしても、部長をつけ回すなんてどんな奴なんだろう。確かに部長は美少女の部類に分類されてもおかしくないし、面倒見もわるくない。……凶暴だけど」

 テレビの画面では、大手のコンタクトレンズメーカーのコマーシャルが流れていた。それを見ていた晋太郎は、唐突に不安な思いに駆られる。

 確かにセキュリティはしっかりしている。だが、コンタク党は日本中に支部を置き、水面下で暗躍する秘密結社だ。もし陽子を狙っているのがコンタク党だとしたら、ちょっとやそっとのセキュリティシステムなど役に立たないかもしれない。

(いざという時は、オレたちの眼鏡が反応するはずだ。学園の眼鏡っ娘を危機から守るためにオレたちはいる。そのための『眼鏡に選ばれし者』メガネンジャーなのだから)

 だが、ましろは違うことを考えていたようだ。陽子がまだ戻ってこない事を確認してから、彼女の口から小さな呟きが漏れる。

「もし相手がコンタク党でない場合はどうなるんでしょう。眼鏡の神様は、そんな時でも私たちの眼鏡を通して部長さんの危機を知らせてくれるんでしょうか?」

 その呟きは晋太郎とましろ自身に向けられたものだった。晋太郎は少し頬を緩めると、ましろを安心させようと話し始めた。

「ま、普通のストーカーなら、むしろストーカーを保護しなきゃならない可能性の方が高いからな……。心配することもないよ」

「松原くん? 口から思考がだだ漏れになってるわよ?」

 晋太郎の背後には、着替えを終えた私服姿の陽子が、ものすごくいい笑顔で仁王立ちしていた。その後、晋太郎はこのマンションが防音も完璧なことを、己の身を持って思い知ることになった。


   ***


「それじゃあ、ごちそうさまでした、部長さん」

「いえいえ。何のおもてなしも出来なくてごめんね」

「……オレはたっぷり『おもてなし』されちゃいましたけどね……」

 陽子はにっこり微笑むと、素早く晋太郎の腕を取るとそれを捻りあげた。

「いぃぃぃいいぃぃたたたたたたたぁあああぁぁぁぁっ! ごめんなさいもう言いませんだから放してお願いッ!」

「ふん。ウチが本気だったら、松原くんは今日何回死んでるかしらねぇ。ウチの優しさに感謝してほしいわ」

 解放された腕をさすりながら、涙目で抗議しようとした晋太郎だったが、その行為は自分の寿命をどんどん縮めることになると悟ったのだろう、何も言うことはなかった。

「そういやさ、松原くんたち、生徒会にケンカ売ってるんだよね?」

「生徒会というか、コンタク党ですけどね。まあ、うちの学園の場合同じことですけど」

「ひとつ、生徒会長の弱みを教えてあげるわ」

 眼鏡の奥の陽子の瞳が妖しく光る。晋太郎は思わず身震いしてしまった。

「あの会長ね、ウチに告白してきたことがあるのよ」

「ほほう、生徒会長が部長に告白……って、えええええええええええええええええっ!?」

 その晋太郎の驚きように、陽子は少し不満げに唇をとがらせた。

「なによ、ウチにだって浮いた話の一つや二つあるわよ。あれはまだ一年のころ。突然校舎の裏に呼び出されてね。で、『貴女が好きです!』って。きゃっ! 恥ずかしいっ!」

 両手で顔を覆って、陽子は身をくねらせる。

「その頃はまだこの凶暴性が知られていなかったんですねぇ……ご、ごめんなさい痛いのイヤ! もう言いませんから!」

 言ってしまってから「しまった」と、平身低頭して謝る晋太郎だった。

「はあ、もういいわよ。確かにその通り。あいつ、ウチの顔と身体だけ見てたんだと思うから。それにね、あいつすごく惚れっぽいらしいのよ。でね、ウチはこう答えたの。『ウチより強かったら付き合ってあげてもいいよ』ってね」

「生徒会長って、確か古武術やってましたよね……。付き合っていないということは……いや、言わなくていいです。想像がつきます」

「それからもう一人。文芸部部長の白石先輩。あの人にも告白して一刀両断にされた過去を持ってるわ。こちらは言葉だけでズバッと」

 陽子はにんまりと笑って、それから少し真剣な目で言った。

「ま、そういうことだから。生徒会長を相手にするなら、この話はちょっとした破壊力のある武器になるわよ。覚えておきなさい」

「はい。……ありがとうございます、部長」

「じゃ、気をつけて帰ってね。今日は送ってくれてありがとう。あ、そうそう。松原くんはちゃんと塚本さんを家まで送ってから帰ること!」

 晋太郎は満面の笑顔で答えた。

「最初からそのつもりですが何か?」

 横でましろがまっ赤になっているのを、陽子はただニヤニヤと見つめていた。

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