第20話――魔法のチャイナドレス 8

『コンターック! 二人が今帰りました。盗聴器には気づかれていない模様です』

 百合香の携帯電話から、戦闘員Aの報告が流れる。マンションの裏手に置いたバンの中では、退院した戦闘員たちが交代で陽子の自宅に仕掛けた盗聴器のモニターをしていた。

 盗聴器は、陽子が帰宅する直前に、百合香がその手で仕掛けた。監視カメラの死角を移動し、あっという間にドアをピッキングで開いて、部屋の数カ所に極小のワイヤレスマイクとカメラを仕掛けたのだ。恐るべき侵入テクニックである。

「そのまま監視を続けてください。三日後の本番まで、よろしくお願いします」

『コンターック! 了解しました!』

 そのとき、マンションのエントランスに、晋太郎とましろが二人連れだって現れた。

 百合香は物陰から二人が自宅のある方向へ消えていくのを確認したあと、自分も家路についた。


      ***


 晋太郎とましろを玄関で見送った陽子は、内心いらついていた。

(ふん……。ウチがこんなピッキングの跡に気づかないとでも思ってるのかしらね……)

 部屋に帰ってきて、鍵を開けようとしたときに、ほんの僅かについたピッキングの痕跡に気づいた。それは、普通なら見落としてしまうであろうほど僅かな傷だった。

(侵入された形跡はほとんど無かった。物盗りじゃないとしたら、盗聴器の類を仕掛けられてると考えるのが自然ね。でもおあいにく様。仕掛けられてるとわかれば、対策なんていくらでも立てられるんだから)

 要するに、陽子は仕掛けに気づいていることを相手に気取らせないつもりなのだ。無謀と紙一重の、陽子ならではの作戦といえた。

「さーってと。やっと一人になれたわ。今日もいい汗かいたし、お風呂にしよっと!」


      ***


『お風呂にしよっと!』

 その音声が流れた瞬間、バンの後部座席に座っていた由隆は、自分の心拍数が跳ね上がるのを感じていた。カメラは脱衣場にも仕掛けてある。当然、服を脱げば丸見えだ。

(石橋くん、グッジョブだ!)

 心の中で両手の親指を突き上げ、由隆は小躍りしたい気分だった。無残にボコられて失恋したあとも、由隆は陽子への想いを引きずったままだったのだ。ノート型のパソコンを操作して、脱衣場に仕掛けられたカメラの映像を呼び出す。鼻の穴を広げ、血走った目で陽子が画面に姿を現すのを待つ。やがて、脱衣場に陽子が入ってきた。戦闘員たちの目も画面に釘付けになる。

「きっ、貴様らっ! 見るな! 今はこの画面を見てはならない!」

「コンターック! 会長だけずるいであります!」

「コンターック! 我々も見たいであります!」

 カメラは脱衣場を下から眺めあげるような角度で設置されていた。白のショートパンツに生足という陽子の艶姿が、絶妙のアングルでディスプレイに映し出される。

「これは会長命令だ! 見てはいかん! 神聖なコンタクトレンズを、そのような邪な目的に用いるな!」

「コンターック! それでは会長も見てはいけないことになるであります!」

「ぼ、僕はいいのだ! 僕は今でも春日野陽子に恋をしている! この想いは決して邪なものではない!」

「コンターック! それはあまりに苦しい言い訳であります!」

『あ、そうだ。新しいバスタオル出して来なきゃ。これは洗濯物……っと』

 突然、カメラの映像がブラックアウトした。騒然とするバンの中。

「一体どうしたのだ! 映像が、映像が!」

「コンターック! カメラの前にバスタオルが置かれたものと思われます!」

「なんだとおおおおおおっ! くそっ! マイクは生きているじゃないかっ! 衣擦れの音が! 服を脱ぐ気配が!」

「コンターック! これでは生殺しであります!」

 やがてスピーカーからはシャワーの水音と、陽子の調子っぱずれな鼻歌が流れてきた。

 血の涙を流す生徒会長、道明寺由隆と戦闘員たち。

『なんだか、また胸が大きくなったような気がするなぁ。まあ、お腹にお肉がついてないからいいか!」

「うおおおおおおおおお! 我に画像を! 映像を! たった一枚の布で何もかも見えなくなるとは! 僕は悔しいぞおおおおおお!」

 バンの後部座席で頭を抱えてのたうち回る、生徒会長兼コンタク党仁正学園支部長。

 その姿はあまりに情けなかったが、お年頃の男の子としては、実に正しい姿でもあるのだった。


      ***


(へっへっへー。あんなカメラの一つや二つ見抜けずして何が武術家よ。どうせマイクもあるんだろうけど、せいぜい音だけ聞いて妄想をたくましくするがいいわ!)

 お気に入りの入浴剤をいれたたっぷりの湯に身を委ねながら、陽子は鼻歌を歌う。

 まさか自分がボコボコにして振った生徒会長が、今まさにすぐ近くに停められたバンの中で悔し涙を流しているとも知らずに。


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