第21話――魔法のチャイナドレス 9

 あっという間の三日間が過ぎた。今日は生徒会兼コンタク党支部による『春日野陽子拉致作戦』の決行当日だ。

 陽子の自宅マンションの裏手の駐車場に停められたバンの横には、もう一台白のバンが停まっている。

 狭い車内では、由隆が実行部隊の生徒たちに説明をはじめていた。

「ターゲットは今日も恐らく部活の終了後、『眼鏡に選ばれし者』の二人と下校してくるはずだ。ターゲットの就寝を待って、襲撃は深夜に行う。

 念のために、マンションのセキュリティシステムに侵入するための機材も用意した。あとは、諸君がいかに迅速に事を運ぶことが出来るかにかかっている」

 柔道部部長、副部長、そして戦闘員A~Dの六人が実行部隊だ。

 さらに、バックアップとして戦闘員E、F、Gの三名と、地域本部からのハッキング専門家が加わっている。彼らは主にセキュリティシステムのハッキングなどを担当することになる。

 計画はこうだ。

 はじめに、ハッキング班がマンションのセキュリティシステムに偽情報を流す。続いて百合香がピッキングで陽子の部屋のドアを解錠する。その後、寝静まった陽子を実行部隊の六名で拉致、裏手に停められたバンへ運び拉致する、というものである。

「コンターック! ターゲットが自宅に戻りました! 今日は『眼鏡に選ばれし者』は部屋に入っておりません!」

 盗聴器とカメラをモニターしていた戦闘員Fが、由隆に報告する。

「よし。決行まではまだ時間がある。各自、交代で食事などを済ませておいてくれ。石橋くん、僕らも腹ごしらえをしておこう」

「それでしたら私手製のお弁当が用意してあります。会長のお口に合えばよいのですが」

「むっ。それはかたじけない。では、僕はそれをいただくとしよう」

 さっそく弁当の包みをほどき、ガツガツと食べ始める生徒会長兼コンタク党支部長。

 百合香はその様子を無表情に見守っている。だが、その瞳には僅かだが喜びの色がにじんでいた。

「コンターック……、会長は石橋さんの気持ちを何だと思ってるんでしょうか」

「コンターック。石橋さんが気の毒でなりませんな」

「余計な事は言わなくていいのです。あなた方はあなた方の仕事をしていてください」

 戦闘員FとGの背後で、氷よりも冷たい百合香の声がした。体感温度が一気に一○度くらい下がる。覆面の上からでも、二人の顔が青ざめたことがはっきりと分かった。

「コンターック! りょ、了解であります!」

 二人の戦闘員はそれぞれカメラと盗聴器のモニターを再開した。

「私が会長に尽くすのは、私自身の意志だ。会長がどう思われようと、他人の目にそれがどう映ろうと、そんなことはどうでもいい」

 百合香は、口の中でそう呟いた。車の外はすっかり暗くなっている。百合香はバンの窓にかけられた暗幕を少しあけ、誰にも聞こえない声で自分自身にささやきかけた。

「数時間後には、あの女を会長にお渡しできる。そうすれば、会長はきっとお喜びになるに違いない」

 冷たい仮面のように表情のない顔の下で、百合香は暗い喜びの炎を揺らめかせていた。


      ***


『さて、明日に備えて寝るとしますかね』

 戦闘員Gのヘッドホンから、陽子の声が流れてくる。

「コンターック! ターゲット、就寝の模様であります!」

 時刻は午後十一時を少し廻ったところ。

 仮眠をとっていた由隆と百合香は、戦闘員からの報告を受けて目をさましていた。

 陽子が眠ったのを確認してから行動に移るとして、あと二時間ほどは時間がある。その間に、実行部隊の人員を集めて、作戦を再確認しておきたい。

 由隆は百合香を伴って、もう一台のバンに詰めている実行部隊の元へと向かった。

「ターゲットが就寝した。二時間後に作戦を開始する。そこで、いまから手順の最終確認を行いたい」

 実行部隊の柔道部部長たちも仮眠をとっていたらしく、まだ少し眠そうだ。だが、由隆の「二時間後に作戦を開始する」という言葉に、彼らの眠気は吹き飛んでいた。

「それでは、これまでも何度も確認したことではありますが、もう一度手順を確認したいと思います。まず、私がピッキングでドアを解錠します……」

 百合香の淡々とした声が、恐ろしい犯罪の手口を、さもゲームのルールでも説明するかのように語りはじめる。

 各自が自分の役割を確認する間、由隆は窓にかけられた暗幕を少しめくり、六階にある陽子の部屋の様子を眺めた。すでに部屋の明かりは消えている。寝込みを襲われれば、いくら陽子が人並み外れて強いといっても、抵抗はできまい。

 僕を振ったことを後悔させてやるぞと、多少本来の目的からずれた決意を固めるコンタク党仁正学園支部長だった。


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