第22話――魔法のチャイナドレス 10
予定を少し遅らせて、午前二時に『春日野陽子拉致作戦』は開始された。
まずはマンションのセキュリティシステムに侵入し、防犯カメラに偽画像を流す。当然録画されているのも偽の画像だ。
実行部隊六人と解錠役の百合香は、非常階段をなるべく音を立てずに六階まで素早く移動した。六階の廊下を忍び足で移動した七人は、目的の部屋のドアの前で左右に分かれて待機する。
ここからは百合香の腕の見せ所だ。百合香は二本の金属棒を鍵穴に差し込み、しばらく前後に動かしていた。僅か一五秒ほどであっけなくドアの鍵は開かれる。
百合香がそっと扉を開く。ドアチェーンはかかっていない。春日野陽子はドアチェーンをかける習慣がないという、事前の調査の通りだった。
「では、行ってください。くれぐれも迅速に」
廊下の薄暗い照明の中で、六人の実行部隊が一斉に動き出した。
***
ピイィィィィィィィン!
晋太郎の枕元に置いてあった眼鏡が、耳障りな高音を発している。夢の中で眼鏡美少女たち(ましろも当然その中に入っている)と戯れていた晋太郎は、はっと眠りから覚めた。
「眼鏡が、鳴っている!」
眠気は一瞬にして吹き飛んでいた。枕元に置いた眼鏡を素早くかける。その途端、眼鏡がとある方向に危機が迫っていることを晋太郎に伝えはじめた。
「この方向……まさか部長が!」
『松原先輩! 起きてますか?』
眼鏡の力を使って、ましろが晋太郎に呼びかけてきた。
『ああ、起きてる。どうやら恐れていた事が現実になったようだ』
『晋太郎ちゃん、眼鏡が鳴ってるからかけてみたら、なんか凄く大変な事が起きてるっていう感じがするんだけど』
『郁乃も起きたか。おそらく、コンタク党がうちの部長を襲っているに違いない。すぐに現場に向かうぞ!』
晋太郎は一旦眼鏡を外すと、かけ声と共にそれをかけ直した。
「グラスチェィンジ!」
寝間着姿だった晋太郎は、閃光と共に学園の制服姿に変身していた。晋太郎は部屋の窓を開けると、そのまま外に飛び出した。眼鏡の力で強化された晋太郎の脚力は、驚くべき跳躍力を発揮する。家々の屋根を飛び越えながら、晋太郎はましろと郁乃に指示を与えた。
『事態は一刻を争う。君たちもすぐ変身して、眼鏡の導く方向に走ってくれ!』
***
(……ドアが開けられた。誰か入ってくる)
陽子は拉致部隊が自室の前の廊下に集結したとき、すでに異様な気配を感じて目覚めていた。鍛えられた武術家ゆえのカンだ。ベッドの側らには、愛用の
そっとベッドから抜けだし、枕元の眼鏡をかける。
物音をたてないように樫の木で出来た練習用の刀を手に取る。中国武術で使う刀は、日本刀とは違って幅広で反りが大きいのが特徴だ。
賊は五人か六人。まともにやり合っては勝ち目はない。
陽子は部屋の中にあった練習用の体育館シューズを履く。パジャマも着ているし、これで一気に外に逃げても大丈夫。
陽子の部屋のドアがゆっくりと開かれ、賊が入ってくる。体格の良い二人の男と、それよりは少し体格の劣る四人。合計で六人だ。
「おい、いないぞ。ベッドは空だ」
「ウチなら、ここにいるわよっ!」
陽子は右手で木刀を振り回し、手近にいた三人をあっという間に打ち倒した。予想外の事態に、総崩れになる拉致部隊。その隙に、陽子は玄関までの数メートルをダッシュした。扉をあけて廊下に飛び出す。
「エレベーターは危ないか。じゃあ、階段ね」
陽子は非常階段ではなく、エレベーターの横に設置されている階段を駆け下りた。
その後ろを影のように追う少女の姿があった。
***
「コンターック! ターゲットの捕縛に失敗! ターゲットは現在、エレベーター横の階段を一階に向け逃走中!」
『私が後を追っています。実行部隊を回収したら、車で追尾を。位置はGPSを通じてパソコンに表示されているはずです』
間髪を入れず百合香の報告が入る。全力疾走しているだろうに、息一つみだしていない。
「了解だ、石橋くん。我らもすぐに後を追う。ターゲットを見失わないでくれ!」
『会長の仰せのままに……』
通話が切れると、突入要員が戻ってきた。三人は頭から血を流している。うち二人は柔道部の部長と副部長だった。
「面目ない。背後からいきなり殴られた。あの女、俺たちが入ってくることを予想してやがったんだ。本当に面目な……」
手の空いていた戦闘員から手当を受けながら、柔道部部長が悔しげに唇を歪める。
由隆は自分を責め続ける柔道部部長の言葉を遮って言った。
「失敗を悔やんでいても仕方がない。現在ターゲットは駅前方面に向けて逃走中だ。石橋くんが追尾している」
スーツ姿の男が、運転席から後ろの全員に声をかけた。
「車を出すぞ。追うなら早い方がいい」
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