第18話――魔法のチャイナドレス 6

「どうやら、監視には気づかれているようですね……」

 体育館のサブアリーナから遠く離れた部室棟の空き部屋で、生徒会副会長、石橋百合香は双眼鏡を覗いていた。彼女はただ監視していたわけではない。陽子たちの唇の動きを読み、会話の内容を把握していたのだった。いわゆる読唇術というやつである。

「『眼鏡に選ばれし者』である部員が二人いっしょにいるところで襲撃するのは困難ですね。ですが、場合によっては強襲する必要もあるでしょう」

 その時、彼女の制服のポケットで携帯電話が震えた。発信者は、道明寺由隆。彼女は通話ボタンを押し、電話機を耳に押し当てる。

「私です」

『石橋くん、僕だ。先ほど戦闘員Aから連絡があった。入院していた戦闘員は、全員退院したとのことだ』

「そうですか。こちらは作戦に必要な最後の偵察を、いま終えたところです」

『よし、実行のタイミングなどについて、柔道部の代表者を交えて話をしたい。直ちに生徒会室に戻ってくれたまえ』

「了解いたしました」

 百合香が通話終了のボタンを押す。今度の襲撃作戦には、仁正学園の武道系クラブでも強豪として知られる柔道部の協力が約束されている。間違っても失敗することはあるまい。

 双眼鏡をスポーツバッグにしまいながら、百合香はその氷のように冷たかった表情を僅かに緩めた。

(今度はきっと上手くいく。今度こそ……、会長のお役に立つことができる)

 それは百合香にとって、コンタクトレンズを着けることなど比べものにならない喜びなのだった。


***


「これが春日野陽子に関する全資料です。家族構成から交友関係、行動パターンまで網羅してあります」

 生徒会室に戻った百合香は、集まっていた全員にプリントアウトした資料を配った。覆面姿の戦闘員の姿もある。

「こんなに分厚い資料、一体どうしろっていうんだ? 我々に任せてくれれば、女子生徒の一人や二人、簡単に拉致できるぞ」

 やたらとガタイのいい男子生徒が、配られたプリントの束を小馬鹿にしたように机の上に放り出した。

「敵を知り、己を知れば百戦危うからずといいます。どんなにちっぽけに見える敵であっても、知って知りすぎるという事はありません」

 冷たい声で淡々と正論を吐く百合香に、そのガタイのいい生徒、柔道部部長は鋭い視線を向けた。

「もしかして、俺たちがこんな小娘に後れを取るなんて思ってるんじゃあるまいな?」

「可能性はゼロではありません。成功の可能性を限りなく一〇〇パーセントに近づけ、失敗の確率をゼロに近づけるために、私はこの資料を用意したのです」

 柔道部部長は不服そうに資料の束に目を落とした。

「それに、ターゲットである春日野陽子は、ただの女子生徒ではありません。中国武術研究会の部長にして、合気道と長刀の有段者でもあります。警戒するに越したことはありません」

「その通りだ。確かに中国武術研究会は部員も少なく、実績も大したことはない。だが、春日野陽子の実力を侮ってはいけない。何しろこの僕も、以前痛い目に遭わされたことがあるのだ」

 生徒会長の意外な言葉に、柔道部部長は眉をひそめた。

「それは一体どういう事だ? あんた、古流柔術の師範代だろ?」

「会長は春日野さんに告白して、『ウチより強かったら付き合ってあげる』と言われたんです。結果は惨敗でした」

 百合香が淡々と告げる。

「うるさいなっ! あれは僕が本気で行かなかったからだ! そんな細かいことをいつまでもいつまでも……」

「……私にとっては、細かいことではありません」

「え? 何か言ったかね?」

「何でもありません。とにかく、春日野陽子を甘く見るのは危険です。彼女が一人きりになったときを狙い、素早く拉致することが求められます。資料の5ページ目をご覧下さい。これは春日野陽子が住むマンションです。オートロック式の玄関になっており、エレベーターには防犯カメラがついています。

 ですが、非常階段にはカメラが少数しか配置されておらず、複数の人間を動員して死角を突けば、カメラに写ることなく拉致が可能です。また、コンタク党地域本部からハッキング班を回してもらえることになっています。カメラに偽の映像を流すことも可能です。

 以上のことから、私はターゲットの自宅がベストの襲撃ポイントだと考えます」

 一気にそこまで説明した百合香は、由隆の方をちらりと見やった。百合香の視線を受けて由隆が頷く。

「襲撃に使用する車の手配も出来ている。運転は我が校のOBであり、コンタク党の同志でもある、とある先輩方に依頼した。あとは、襲撃の日時だが……、三日後の放課後とする。全員、資料を頭に叩き込んでおいてくれ。これから直ちに下準備に入る」

 由隆の声に、その場に集まった全員が黙って頷いた。

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