第17話――魔法のチャイナドレス 5
「さて。『眼鏡に選ばれし者』の存在は、思った以上に我々の計画の妨げになっている。悔しいがこれは認めなければなるまい」
「会長があの時、チラシの配布など認めなければ良かっただけのことです」
「うっ……。細かいことをいつまでも……。と、とにかくだ! 新学期が始まってすでに十日。未だに眼鏡をかけて登校する生徒の数は一向に減らない! 『眼鏡に選ばれし者』どものチラシに触発されて、『眼鏡をかける自由を!』などと声を上げる者こそいないが、生徒たちが我々に従わないという事実に変わりはない!」
生徒会長であり、『全日本コンタク党仁正学園支部長』でもある道明寺由隆は、正直いって焦っていた。生徒会を乗っ取り、コンタク党の支配下に置くことには成功した。だが、肝心の生徒たちがコンタクトレンズへの乗り換えに無関心なのだ。
毎日毎日、コンタク党の地域本部からは『成果を期待する』という電話がかかってくるし、戦闘員たちは未だに半数以上が入院中だ。
「おのれ『眼鏡に選ばれし者』……メガネンジャーどもめ。我々の大事な戦闘員を、そろって病院送りにしてくれおって。まあいい。連中が復活したら、直ちに次のターゲットの捕獲作戦に移るぞ。石橋くん、ターゲットのデータは揃っているだろうな?」
側らに控えた百合香が、手元のキーボードを操作して会長の前に置かれたディスプレイにデータを表示する。
「このとおり、普段の行動パターン、性格、趣味、男性の好みなど、入手可能なあらゆるデータを揃えてあります」
「よろしい。次の作戦、柔道部に協力を求めていたはずだが、彼らの返答は?」
「はい。『眼鏡では稽古も試合も出来ないので、我々はコンタク党の配下に入ります』とのことです」
由隆は唇の端をくいっと持ち上げた。何とも酷薄な笑みだった。
「そうだ。運動選手にとって、眼鏡とはプレーの邪魔以外なにものでもない! 運動部を味方につけろ。そして、そこから一般生徒へのコンタクトレンズの普及を促進するのだ!」
百合香は、その由隆の言葉を聞くと静かに頭を下げた。
「全ては会長の仰せのままに……」
***
「ぶぇえっくしょい! ……ずるずる。うへー。またウチの噂してるヤツがいるわね。美少女はこれだから困っちゃうわ」
「部長が美少女なら、ましろさんは超絶美少女という称号を得ることが出来ますね」
「なに? ケンカ売ってるのかね、松原くんは」
「いえっ! 何も申し上げておりませんっ!」
くしゃみをした拍子に垂れかけた鼻水を拭うために、ポケットティッシュを取り出そうとしていた陽子は、鋭い視線を晋太郎に向けた。視線だけで寿命が数年は縮まりそうだ、などと言うと、物理的な手段で寿命が縮まることを知っているだろう晋太郎は、口をしっかりと閉ざしたままだ。
「でもねー、最近なんだか変なのよ。周囲にいつも誰かがいるというか、見られているというか……。これってもしかしてストーカーってやつ?」
「部長をストーカーするような命知らずは、この世に存在しません」
「やはり松原くんには、ちょっとお仕置きが必要なようね」
紅蓮の炎をバックに迫り来る陽子。晋太郎は後ろ走りで、一気にサブアリーナの端まで駆け抜けた。晋太郎の逃げ足の速さは本物だ。これだけは強者揃いの仁正学園生徒の中でも、おそらくは一番だろう。あまり自慢できたことではないが。
「ちっ……。逃げ足だけは速くなって……」
「誰のせいですか!」
「松原先輩、すごい速さでしたっ! 私もいつかは、あんな風に後ろ走り出来るようになるんでしょうか!」
「ならなくていいです! っていうか、ましろさん、いつの間に? 確か
「はい! ちゃんと部長さんの言うとおりの回数、こなしてきました!」
基本功というのは、中国武術の基本技を繰り返し練習するもので、突きや蹴り、跳躍などが含まれる。ましろは初心者なので、まずは身体作りの意味からも、じっくり基本功から練習しているのだ。
「それにしても、ましろさん、飲み込み早いよ。運動経験ないんでしょ?」
「はい! 運動らしい運動なんて、体育の授業くらいしか経験ありませんでしたから。私、自分のこと運動音痴だと思ってました」
実際のところ、ましろは大して運動神経が良いとはいえない。
中国武術の伝統的で、かつ綿密でシステマチックに作り上げられた練習体系が、素人でも短期間にそれなりの動きが出来るように訓練してしまうのだ。伝統武術侮りがたし、といったところか。
「ちょっと眼鏡の力で変身した時みたいな感じがしました。自分の身体が思うとおりに動くのって楽しいですね」
晋太郎の耳に口を寄せると、ましろはそうささやいた。
「そうだね。眼鏡の力に頼らずに自分の身体を動かせるようになれば、眼鏡のサポートがあればさらに上手く身体を使えるはずだよ」
「はいっ!」
「おやおや、松原くんとましろちゃんはずいぶん仲がいいみたいだねぇ。こりゃ、ウチはお邪魔かな?」
ニヤニヤ笑いながら陽子が二人を茶化す。ましろはまっ赤になって俯いてしまった。
「ちょっ! 部長! オレたちはそんなんじゃないですからっ! ほら、ましろさんも何とか言わなきゃ!」
「は、はい! ま、松原先輩は素敵だと思いますけど、私はまだ何もされてません!」
「ましろさん! それ、何のフォローにもなってないから!」
「ふん。ま、ウチも松原くんがヘタレの甲斐性なしだってことはよく知ってるから、アンタらがそういう関係じゃないのはよーく分かってるわよ。ところで、話を戻すけど、確かに最近視線を感じるのよ。別に自意識過剰なわけじゃなく、本当に」
真剣な面持ちで陽子は呟く。晋太郎とましろは互いの顔を見合わせる。晋太郎は眼鏡のつるに手を触れ、念じた。
『ましろさん、もしかしたら、部長を見張っているのはコンタク党かもしれない』
眼鏡の力を使った交信だった。ましろは思わず何かを言いかけたあと、慌てて口をつぐみ、同じように眼鏡のつるに手を当てる。
『それじゃあ、もしかして部長さんがコンタク党に狙われているってことですか?』
『その可能性は高いと思う。単なるストーカーの可能性も無いこともないけどね。部長、なんだかんだいって男子にも人気があるから』
晋太郎は、窓の外を睨み付けるように見ている陽子の横顔をちらりと見たあと、ましろの方を向き直った。
『まだコンタク党の仕業だと決まったわけじゃない。だけど、十分に警戒しよう。出来れば下校時なんかに部長を一人で帰さないとか』
『そうですね。私たちで部長さんを守らないと』
二人はそこまで『会話』すると、眼鏡のつるから手を放した。
「ともかく、どんなヤツが付きまとってるかしらないけど、ウチの目の前に現れたらじっくりと聞き出してやるわ。主にその身体に」
「物騒なこと言わないでください。とりあえず、当分の間、部活が終わったらオレたちといっしょに帰りましょう」
「そうね。やっぱりここは男の子の出番かな? 松原くんの言葉に甘えさせてもらうわ」
しばらく唇に指をあてて考えていた陽子だったが、晋太郎の提案を受け入れてくれた。晋太郎は心の中でほっと息をつくのだった。
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