第8話――眼鏡の聖戦士現る? 8

 翌朝も晋太郎はましろの家に迎えにやって来た。

 さも当然といった態度で朝食を共にし、前日より三〇分ほど早く学校へ向かう。もちろん登校してくる生徒にチラシ配布をするためだ。

「ううっ。昨日はまだ人が少なくてマシでしたけど、朝の通学ラッシュの校門であの格好は勘弁してくださいぃ……」

 ワインレッドのハーフフレーム眼鏡の奥で、ましろの大きな瞳が涙で潤む。しかし晋太郎は気にとめる様子もない。

「大丈夫さ。変身シーンがバンクカットになって、変身するたび何度もスロー再生されることもないし、ピカッと光って一瞬で終わるじゃないか」

「そういう問題じゃありません!」

「さあ、生徒たちにオレたちの眼鏡の素晴らしさを伝えるんだ! 『眼鏡に選ばれし者』メガネンジャーとして!」

「うううう……」

「しーんたろーちゃん! おーっす!」

 ましろがもじもじしながらも『眼鏡は素晴らしい!』と題されたチラシを登校してくる生徒たちに手渡していると、隣に立つ晋太郎の肩がうしろから思いきりどつかれた。思わずたたらをふんだ晋太郎が、後ろを振り返りざま声を荒げる。

「痛いな! お前の挨拶はいつも過激すぎるんだよ、郁乃いくの!」

 見れば短めの髪を片方だけ髪留めで結った、少しボーイッシュな印象の少女がそこに立っていた。校章のライン色は赤。一年生だ。

 顔にはピンク色のメタルフレームの眼鏡。その下のくりくりとした瞳は、活発な印象を見るものに与える。身長は……一四〇センチくらいだろうか。とても小さい。その身長に相応しく、制服の胸の部分は見事なまでにぺったんこだった。それはもう無残なまでに。

「へっへっへー。晋太郎ちゃんが新入生をたらし込んで、何か珍妙なことを始めたって聞いてねー。そうかぁ、あの子かぁ……って、なんかうちの制服っぽいけど、デザインがエロくない?」

「あの衣装はオレのデザインじゃない! それと、エロいとか言うな。罰が当たるぞ」

「はいはい。また眼鏡の神様のお話ですねー。もういい加減聞き飽きたよ」

 郁乃と呼ばれたその少女は苦笑いを浮かべると、軽く右手を振って見せた。

 ましろは郁乃の方へ一歩あゆみ寄ると、思い切って声をかけていた。

「あ、あのっ! 学園の眼鏡の危機を救うため、このチラシを読んでくださいっ!」

 ましろが郁乃にチラシを押しつけるようにして手渡す。そこには、どう考えても頭がおかしいとしか言いようのない煽り文句が羅列されていた。

 曰く『学園に眼鏡をかける自由を!』、『悪の組織コンタク党を打倒せよ!』、『立て万国の眼鏡っ娘!』……。

「ねえ晋太郎ちゃん……。ボク、キミが幼なじみだっていうことを、これほど恥ずかしいと思ったことはないよ……」

「何をいうんだ、郁乃! コンタク党の脅威は現実だぞ? 決して○研の△ーに載ってるような、怪しげな陰謀論とかそんなんじゃないんだ!」

 郁乃はチラシをひらひらさせながら晋太郎の言葉を聞いていたが、急に真剣な顔になって晋太郎の瞳をのぞき込んだ。

「じゃあさ、もしボクがコンタク党とやらに襲われたら、その時は晋太郎ちゃんが助けに来てくれるの?」

「当たり前だ! お前だって、この学園の大切な眼鏡っ娘の一人だぞ。そんなの言うまでもないだろう」

 一瞬嬉しそうな顔を見せた郁乃だったが、晋太郎の言葉が続くにつれて、その表情は複雑なものに変わっていった。

(松原先輩、今のは失言ですっ!)

 ましろは心の中でそう叫んでいた。晋太郎のセリフは、幼なじみの少女に「お前には眼鏡っ娘としての価値しかない」と言ったも同然の言葉だ。

「そっか。晋太郎ちゃんは、『ボクが眼鏡をかけてるから』助けてくれるんだね。それ以外ボクの価値はないってことなんだ」

「なっ……、誰もそんなことは言ってないだろ! お前はオレの大事な幼なじみだ。たとえ裸眼だろうが助けるに決まってる!」

 晋太郎は少し慌てて、同時にほんの少しの照れを隠すように、郁乃から目を逸らしつつ言い切った。郁乃はそれを聞くと、お日様のような笑顔を見せた。

「そんなのちゃんと分かってるよ。晋太郎ちゃんとボクは幼なじみなんだから! じゃ、先に教室にいくね!」

 春の風に短い髪を撫でられながら、郁乃はくるりときびすを返すと、昇降口の方へ向かって弾むように歩き出していた。ましろはなぜか複雑な気分で、そのうしろ姿を見送った。


      ***


「生徒会が動き始めましたな」

「そして『眼鏡に選ばれし者』どもも……」

 数人の教師たちが、放課後の会議室で秘密の会合を持っていた。

 部屋の鍵はかたく閉ざされ、窓という窓にはカーテンがひかれている。

 その顔には眼鏡がなく、代わりに各々の瞳にはコンタクトレンズが入っていた。

「道明寺くんがどうやって『眼鏡に選ばれし者』どもを片付けるか、しばらくは高みの見物といきましょうか。いや、実に楽しみだ」

 教師たちは声を殺しながら、それでも実に愉しそうに笑った。

「我ら全日本コンタク党の『全国学生コンタクト化計画』の成功を祈って」

「「「「「ジーク・コンターック……」」」」」

 薄暗い会議室の中に、教師たちの低い声が響いた。

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