第9話――フリフリロリータはハンマーがお好き? 1

「まだ学園内には『眼鏡に選ばれし者』が存在するのだったな」

 学園の制服に黒マント、黒の覆面姿の少年が、側らに控える同じような衣装を身につけた少女に問いかける。

「はい。まだおそらく二人いるかと思われます」

「ふむ。その見当はついているのか?」

「何人かの有力候補者までは絞り込みました。ですが、確証が持てません」

 少年は、校舎の屋上から朝の登校ラッシュを睥睨しながら、少女に言い放った。

「では、一人一人襲撃をかけ、コンタクトレンズに乗り換えさせてしまえばいい。癌は早期治療が肝心だからな」

「はい。仰せのままに……」

 少年の言葉に、少女は静かな声で従う意思を示した。


      ***


「さて、なんの部活に入ろうかなぁ。やっぱりボクには、女の子らしい文化系のクラブがお似合いだよねっ」

 誰に言うともなく、郁乃は部員募集のポスターで溢れた四階の掲示板の前で呟いた。

 そのポスターの中に、『眼鏡に自由を!』という晋太郎の作ったであろうものを見つけて、郁乃は盛大に溜息をついた。

「そりゃさ、生徒会長直々に『眼鏡を根絶する』とか言っちゃうような変な生徒会だけど、だからって『眼鏡に自由を』って……いつの時代の学生運動よ、まったくもう」

 今日は教科書販売などが行われ、授業はまだ始まっていない。クラスメイトたちは今ごろ、建前上は『自由参加』のクラブ説明会に出席していることだろう。もちろん、それはあくまで建前上の話で、実際には全ての生徒が参加するのが前提なのだが、郁乃は「自由参加なら出なくてもいいじゃない」とばかりに、校内を散策中だ。

 廊下の窓の外をみれば、そろそろ桜がはらはらと花びらを散らし始めている。

「こんな日は、屋上にでも行ってのんびりしてみるのも悪くないね。うん、ボクって天才!」

 掲示板から少し離れた屋上への階段へ向かって、郁乃は弾むような足取りで歩き出した。弾んでいるのは足取りだけで、平坦な胸は全く揺れる気配はない。

 屋上への出口には、鍵がかかっていなかった。一応、立ち入り禁止のはずなのだが、不用心なことこの上ない。郁乃はドアのノブを捻り、陽光眩い屋上へと足を踏み出した。

 まだ少し冷たさの残る春の風が吹き抜ける。だが、柔らかな陽の光のせいだろう、寒さはそれほど感じない。

「やっぱり気持ちいいや! こんど晋太郎ちゃんも誘って、ここでお昼たべようかな」

 そんなことを呟く郁乃の頭上から、無機質で冷たい声が投げつけられた。

「その前に、君はその眼鏡を外して、コンタクトレンズにするべきだ!」

「だ、誰っ?」

 振り仰げば、今出てきたドアの上、給水タンクの前に、黒いマントに覆面姿の少年と少女が立っている。マントの下は学園の制服のようだ。

「我々は眼鏡の存在を許さない者。視力矯正具として不完全な眼鏡の存在を、この学園から根絶する者」

「ってことは、コンタク党ってやつか。悪いけどね、ボクはこの眼鏡が大のお気に入りなんだ。コンタクトにする気はこれっぽっちもないよ」

 異様な二人の様子に後じさりながらも、郁乃は強気な態度を崩さない。

「その性格、まさに我々の調査通りだな。だが、我々は君にお願いをしているわけではない。命じているだけだ!」

 少年がさっと右手を挙げる。すると、どこに隠れていたのか、数人の覆面姿の男子生徒が郁乃の背後に現れた。

(逃げ道を封じたつもり?)

 頭上には何やら偉そうな少年と少女。背後には不気味な覆面の男子生徒たち。対する郁乃はたった一人で、武器もなにも持っていない。

「さあ、大人しくその眼鏡を外すがいい。君の度数にぴったりのコンタクトレンズが、今ここに用意してあるのだ」

 黒マントの少年が懐からコンタクトレンズのケースを取り出して掲げる。まるで陶酔するかのように天にケースをかざし、微動だにしない。

「悪いけど、ボクはコンタクトに乗り換えるつもりないから! じゃ、バイバイ!」

 郁乃は開きっぱなしになっていた屋上のドアを駆け抜けた。

 そう、背後は封じていたのに、彼らは彼女の正面の逃げ道をすっかり忘れていたのだ。

「ああああっ! な、何てことをっ! 戦闘員ども、すぐにヤツを追え!」

「「「「「コンタ――――ックっ!!」」」」」


      ***


「この感覚は……。『眼鏡っ娘』がピンチに陥っている!」

 クラブ説明会の会場、舞台袖で出番を待っていた晋太郎の銀縁眼鏡が、彼にのみ聞こえる共鳴音を発していた。

「部長、ちょっと急用が出来ました。あと、よろしくお願いします!」

「え? ちょ……ちょっと松原くん! 待ちなさいよ!」

 部長と呼ばれた女生徒が止めるまもなく、晋太郎は走り去っていた。体育館のメインアリーナから外へ出る間に、銀縁眼鏡のつるの部分に手を触れて念じる。

『ましろさん、緊急事態だ。眼鏡っ娘が襲われている!』

『え、え、えええっ? 松原先輩、どこから喋ってるんですかっ!』

『《眼鏡に選ばれし者》の眼鏡には、特殊な能力が付与されるんだ。この通信機能もその一つ。今、オレは体育館から中庭に向かっている。君もすぐに来てくれ!』

『わ、わかりました。すぐ向かいますっ!』

「よし、それでは変身しておくか。……グラスチェィンジ!」

 晋太郎の姿が一瞬閃光に包まれた。次の瞬間、いつもと何も変わらない学園の制服姿の晋太郎が中庭に向けて走り出している。だが、見た目では分からないが、晋太郎の制服は強化され、対弾・対ショック・耐熱といった機能が付与されている。衣装のデザインが変わらないのは、眼鏡の神が男の服装に興味がないからだ。

 晋太郎の銀縁眼鏡からは、眼鏡っ娘が確かにこちらに向かって逃げていることが、感覚としてダイレクトに伝わってくる。その時、晋太郎の右手に熱い感覚が走った。

「これは、『選ばれし者』の眼鏡ケース! やはりそうなのか!」

 右手に握られたパールピンクの眼鏡ケースを見つめると、晋太郎はさらに銀縁眼鏡の示す方向へと急ぐのだった。

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