第6話――眼鏡の聖戦士現る? 6

 結局朝食を共にして、ましろは晋太郎といっしょに学校へと向かっている。学校へと向かう緩くて長い上り坂の両側には、見事な桜並木があるのだが、今朝のましろはそれを眺める気になれなかった。

「で、松原先輩。具体的にはどうやって眼鏡の生徒の平和を守ったり、眼鏡の素晴らしさを生徒に伝えたりするつもりなんですか?」

 しばらくあごに手を当てて首を捻ったあと、晋太郎はきっぱりと言い切った。

「わからん!」

「わからんって、あなたが私を引き込んだんですよっ!?」

「そうは言ってもなぁ。オレも単に『眼鏡に選ばれし者』だというだけで、そういうマネジメントに関しては素人だから……」

 思わず頭痛を覚えるましろだった。眼鏡の奥の瞳を閉じて耐える。だんだんこの上級生がどういう人間だか分かってきた気がする。最初に感じたあのときめきは、きっと何かの間違いに違いない。きっとそうだ。

「眼鏡の神様と交信したりは出来ないんですか?」

「オレはそういうデンパ系とはちがうぞ?」

「『眼鏡に選ばれし者』とか『メガネンジャー』とか言ってる時点で立派にデンパ系です!」

「交信というか、神の啓示を受けることはある。主に眠っている時にね。ただし、いつも眼鏡の神様の方から呼びかけてくるんだ。オレから呼び出したことはない」

「……それって単なる夢なんじゃ……?」

 やがて坂を登り切り、学園の校門が見えてきた。二人で並んで校門をくぐると、そこかしこで何やらチラシのような物を持った生徒たちが、新入生に声をかけている。

「あれは……部活の勧誘ですか?」

「そうだね。勧誘のポスターも張り出されているけど、ああして直接チラシを手渡すクラブも多いんだ。もちろん生徒会の許可がいるけれど」

 そこまで言うと、晋太郎は何かを考え込むように黙ってしまった。銀縁眼鏡の奥の瞳がいつになく真剣な色を滲ませる。

「待てよ……そうか、チラシだ。コンタク党に対抗するために、生徒たちに眼鏡の危機を訴えるためのチラシを作るんだ!」

「チラシ、ですか」

「そう! そして変身したましろさんがそれを配るんだ。どうだ、効果は抜群だ!」

 ましろは自分があの恥ずかしいコスチュームでチラシ配りをしなければならないのかと思うと、どんよりとした気分に襲われるのだった。


      ***


「許可出来ません」

「何故だッ!!」

「それは、生徒会の活動の妨害に当たるからに決まっているでしょう。二年年C組、出席番号二十五番、松原晋太郎くん」

 放課後の生徒会室。チラシ配布には生徒会の許可が必要だと晋太郎から教えられたましろは、彼と共に直談判に来ていた。いや、直談判すると言いだした晋太郎に引っ張ってこられたというのが正解だろう。だが、ここは敵の本拠地だ。許可が下りるはずがない。

「分かっているでしょう? あなた方は我々全日本コンタク党の敵なのです。その敵に塩を送るような真似を、我々がするとでもお思いですか?」

 生徒会長の隣には、ショートカットで氷の彫像を思わせる、クールな女生徒が控えている。ましろは内心首を捻っていた。この二人、どこかで見たような気がする。いや、確かに入学式では会長も副会長も見てはいるんだけど、それ以外で……。

 ましろが頭の上に『?』をたくさん飛ばして何かを思い出そうとしている隣で、晋太郎は今にも掴みかかりそうな勢いで会長を睨み付けていた。

「生徒会の権限を、自分たちの目的のために濫用しようってわけか! そんなこと、このオレがゆるさない!」

「どう許さないというのかな? 暴力に訴えるとでも?」

「オレの使命は、この学園の眼鏡っ娘たちの平和と自由を守ることだ! 全校の眼鏡っ娘の運命は、オレの双肩に掛かっているんだ。オレは眼鏡っ娘たちをこの手で守りぬく!! そして、そのためには手段を選ばない!」

 そのセリフを聞いていた生徒会長は、氷よりも冷たい酷薄な笑みを口の端に浮かべた。

「奇遇ですね。我々も生徒たちにコンタクトレンズの素晴らしさを伝えるためには、手段を選びません。そして、我々には生徒会役員としての絶大な権限が与えられている。この学園の生徒会は、君たちも知っての通り単なる生徒の自治組織の枠を超えた権限を持っているのです。これでは最初から勝負になりませんね」

「そんなことはない! たとえどんな手段を使おうと、オレが貴様らコンタク党の企みを潰してみせる!」

「そんなに我々と勝負がしたいと?」

「当然だ! オレたちは学園の眼鏡っ娘たちを守らねばならないんだから!」

「そうですか。では、チラシの配布を許可しましょう」

「へ?」

 晋太郎は銀縁眼鏡の奥の目を点にして、口を半開きにしている。

「ですから、チラシの配布くらいは許可しようと言ったのです。コンタクトレンズの素晴らしさの前には、眼鏡などという無粋な道具はかすんで見えますからね。このくらいのハンディは与えてあげてもいいでしょう」

「……会長、それでよろしいのですか?」

 隣に控えるショートカットの女生徒が由隆に小声でささやく。

「なに、石橋くん。我々の戦いの目的は正しい。その正しさに生徒たちが気づけば、当然我々の側につく。心配することはない」

「よ、よし! 言ったな? 『やっぱり今のは無し!』なんて後からいうなよ!」

 生徒会長は肩をすくめると呆れたように言った。

「そんなこと言いませんよ。で、いつからチラシ配布をするんですか?」

「早速今日からだ! チラシはすでに刷り上がっている!」

 生徒会長に晋太郎の案が一蹴されることを僅かに期待していたましろは、ことの成り行きを見て再び暗澹とした気分になっていった。

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