第5話――眼鏡の聖戦士現る? 5
『眼鏡に選ばれし者』、メガネンジャーとしての能力を手にしたましろだったが、その自覚はとっても薄いものだった。何しろ、選んだのが『眼鏡の神』とかいう胡散臭い存在で、その胡散臭さといったら、生徒会長が言っていた『全日本コンタク党』に勝るとも劣らないどころか、むしろより怪しいとすら感じられるほどだ。
そして今、ましろは晋太郎と駅前のファーストフード店で顔をつきあわせて、今後の『活動内容』について説明を受けている。
「そう! 君は『眼鏡に選ばれし者』つまりメガネンジャーとして、学園の眼鏡っ娘たちをコンタク党の魔の手から守る義務があるんだ!」
「そ、そんなこと言われても……私だって普通の学園生活を送りたいですし……クラブにも入りたいですし……」
晋太郎は銀縁眼鏡の奥の瞳をきらりと光らせると、ましろの目を見つめて言った。
「クラブ活動大いに結構! かくいうオレもクラブには入っている!」
「そうなんですか?」
「ああ、中国武術研究会といってね。まあ、今年にはいって、部から同好会扱いに格下げされたんだが」
「はぁ……」
紙コップに残っていたコーラを、ずずずっと音を立てて啜りきると、晋太郎はそれを右手で握りつぶしこう力説した。
「学園の眼鏡っ娘たちの平和を守りつつ、自分も学園生活を謳歌する! それが『眼鏡に選ばれし者』、メガネンジャーの真の姿なんだ!」
自分の言葉に酔っている晋太郎を、ただ呆然と見つめるしかないましろだった。
「そ、それで……私は具体的には何をすればいいんでしょうか?」
よくぞ聞いてくれたというように晋太郎が微笑む。
「もちろん、コンタク党と戦ってもらう。そのための『眼鏡の力』だ。眼鏡の戦士はあと二人人いるはずだ。コンタク党はこれから学園の眼鏡っ娘たちを強制的にコンタクトレンズに乗り換えさせようとするだろう。そうなったら眼鏡の戦士も壊滅状態だ。君にはそれを防いでもらいたい」
「で、でも、人によっては眼鏡よりコンタクトの方がいいという人も……」
「君は何を言ってるんだ!!」
突然晋太郎がテーブルを両手で叩いて立ち上がった。
周りのテーブルの客が、何事かとましろたちの方をチラチラと見ている。ましろは顔から火が出る思いだった。恥ずかしいからそういうことは止めて欲しいが、相手は上級生である。口に出して抗議できるましろではなかった。
「君は『眼鏡に選ばれし者』だ。眼鏡がいかに素晴らしいものか、その身をもって知っているはず! だとするならば、君は他の眼鏡っ娘たちにも、いや、裸眼の者やコンタクト愛用者に対しても、その素晴らしさを伝える義務がある! そう、眼鏡の戦士とは、同時に『眼鏡の伝道師』であるべきなんだ!」
「め、眼鏡の伝道師!?」
「そうだ! 君にはその素質がある! さあ、オレと共に、学園のすべての生徒たちに、眼鏡の素晴らしさを伝えようじゃないか!」
空中のどこかを指さし、晋太郎は力強く言い切った。ましろは思っていた。今からでも眼鏡の神様に祈って、眼鏡の戦士の役を降ろさせてもらえないだろうかと。
***
明くる朝、ましろはベッドから起きあがる気がまるでしなかった。無理もない。今後のことを考えると、丸っきり眠れなかったのだ。それでもなんとか、もそもそと布団から這い出ると、姿見に映った自分の姿を見て愕然とした。
「……ひどい顔してるなぁ」
両目の下にはくっきりと隈が出来ていて、瞳は赤く充血している。年頃の乙女としてはこんな顔で人前に出るのはなんとしても避けたい。
「……学校、休もうかなぁ」
ましろは頭をぶるぶると振り、その考えを脳から削除した。入学早々登校拒否なんて、あまりに体裁が悪すぎる。まだクラスに友達も出来ていないのだ。
「とりあえず、シャワーでも浴びてシャキッとしますか!」
クローゼットから替えの下着を取り出し、壁に掛かった制服を持つと、ましろはバスルームへと向かった。脱衣場でパジャマを脱ぎ、下着も脱衣かごに入れる。そして浴室の扉を開き、中へと歩を進めた。朝のバスルームのタイルは冷え切っていて、足を降ろした途端に背筋まで冷たい感触が伝わってきた。
蛇口を捻り、お湯を出す。温度を調節して、適温になったシャワーを頭から浴びる。身体にたまっていた疲労が、ゆっくりとお湯に溶け出していくようだ。ボンヤリしていた頭も次第にはっきりとしてくる。シャワーを浴び終え、髪をドライヤーで乾かしているときに、脱衣場にひょっこり母親が顔を覗かせた。
「ましろ~。お友達が来てるわよ?」
「友達?」
「男の子よ。それも結構カワイイ子」
母は何やら含みのある笑顔を見せる。だが、一体誰だろう。まだクラスでは友達なんて、女子ですら出来ていない。
「支度が出来たらダイニングにいらっしゃい。朝ご飯出来てるから」
「は~い」
ましろは手早く制服を着込み、身支度を調えると、最後にワインレッドのハーフフレーム眼鏡を手に取った。あの眼鏡ケースに入れて、ボタンを押した時から、不思議な力の備わった自分の眼鏡。だが、どう見てもなんの変哲もない眼鏡だ。
両手で丁寧にかけて、鏡の中の自分の顔を眺める。うん、いつも通り。寝不足の目も、さっきより大分マシだ。身だしなみチェックを終えたましろは、母に言われたとおりダイニングへ向かった。
「やあ! おはよう、ましろさん。今日も眼鏡が似合ってるね!」
そこでは晋太郎が、もりもりと朝ご飯を食べていた。思わずその場にへたり込むましろを見て、晋太郎は心配げに声をかける。
「どうした? 貧血かな? ダメだよ、ダイエットとか言って朝ご飯を抜いたりしちゃ」
「一体どうしてあなたが、うちで朝ご飯を食べているんですかっ!」
最初の衝撃でフリーズした脳細胞を何とか再起動したましろが、至極当然な疑問を晋太郎に投げかける。
「ん? いや、君の母上がぜひ上がってご飯でもどうぞって……」
「お母さん!」
「あらあら、朝から仲がいいわね。えーと……」
「二年C組、出席番号二十五番、松原晋太郎です」
「ましろをよろしくお願いしますね、松原くん」
一度は立ち直ったましろだったが、再びその場にへたり込んでしまうのだった。
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