第2話――眼鏡の聖戦士現る? 2

『まずはじめに、皆さんに言っておく事があります。それは、人間というのは、余計な装飾具をつけない状態が、一番美しいということです』

 壇上の生徒会長は、何の脈絡もなしにそんな話を始めた。新入生たちの間に潮騒にも似たさざめきが起こる。

『こと、眼鏡のようなものは、人の容貌にとって非常に好ましくない影響を与えます。そこで、僕はここに宣言します。この学園から、眼鏡を根絶すると!』

 さざめきは次第に大きくなり、新入生たちのみならず、教職員までもが壇上の生徒会長の言葉に我が耳を疑っている。

『仁正学園生徒会は、ただいまこの時をもって、全日本コンタク党仁正学園支部としての機能をも併せ持つことを、ここに宣言します! 異論は一切認めません!』

 その場にいる人間全ての目が、点になった。

「……全日本コンタク党……?」

「何だそれ……。新手の宗教か?」

 ざわめきがさらに大きくなる。

 生徒会長であり、全日本コンタク党仁正学園支部長であるところの道明寺(どうみようじ)由隆(ゆたか)は、ごく当たり前の事を言ったに過ぎないという態度で、壇上に仁王立ちしている。

 そのとき突然、体育館の最後部の扉が、大きな音と共に開かれた。

「そんなことは、このオレが許さない!」

 春の陽の光をバックに、一人の男子生徒が立っていた。シルエットしかよく見えないその少年は、ウルフカットの髪を扉から吹き込んでくる風に揺らしながら言葉を継いだ。

「コンタク党……ついにこの学園にまでその魔の手を伸ばしたか! だが! このオレがいる限り、この学園の眼鏡っ娘たちの平和を脅かすことは許さない!」

 眼鏡男子の立場は一体どうなるのだろう、などと考えてはいけない。問題はその生徒の正体だ。

『君は、一体誰だ? 我々の邪魔をしようというのか?』

「その通りだ! オレは二年C組、出席番号二十五番、松原晋太郎! コンタク党、貴様らの好きにはさせない!」

 松原晋太郎と名乗った少年の顔には、銀縁の眼鏡が輝いていた。中性的な印象の生徒会長、いや、コンタク党支部長とは正反対に、狼を想わせる野性的な表情に銀縁眼鏡。一見するとミスマッチなようだが、これが実に似合っている。見事なまでの眼鏡男子だった。

 だが、晋太郎のヒーローっぽいセリフはそこで終わった。

「ちょっ! 先生、待ってください! 今そこに眼鏡の危機があるんですっ!」

「ええい、やかましい! 話は指導室でしっかり聞いてやる! いいから大人しくついてこい、このバカチンが!」

 式次第を優先した教職員によってつまみ出されたのだ。ずるずると引きずられて退場する晋太郎とは対照的に、壇上の由隆にはなんのお咎めもない。これが生徒会長の権力というものなのだろうか。

『少々邪魔が入ったが、眼鏡をかけている生徒諸君に告ぐ! 君たちは可及的速やかにコンタクトレンズに乗り換えること! 異議は一切認めない!』


      ***


 教室に戻ってから、ましろは途方に暮れていた。クラスメイトの自己紹介も耳に入らず、自分の自己紹介でも何を言ったのか覚えていない。それほどに、ましろにとってあの生徒会長の言葉は衝撃的だったのだ。

 ようやくお気に入りの眼鏡に出会えたというのに、生徒会、いや、コンタク党とかいう怪しげな団体かもしれないが――の命令でコンタクトにしなくてはならないとは……。

「せっかくかわいい眼鏡選んだのに……。いくつもいくつも試着して、選んだのに……」

 眼鏡の奥の大きな瞳が涙に潤む。このまま為すすべなく、眼鏡をかけることを禁じられてしまうのだろうか。そんなのはイヤだ。

 ましろは、さっき入学式に乱入してきた、上級生の男子生徒を思い出していた。

『そんなことは、このオレが許さない!』

 その男子生徒は腹の底から絶叫していた。怒りに満ちた、本気の叫び声だった。

(もしかしたら、あの人なら何とかしてくれるかもしれない……)

 ましろの心に、そんな根拠のない思いがこみ上げてきた。

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