第1話――眼鏡の聖戦士現る? 1

「制服、よし! 髪型、よし! それと……眼鏡、よし!」

 四月はじめの、まだ少し冷たい空気の中、一人の少女が姿見の前で身だしなみのチェックをしていた。

 緩やかなウエーブのかかった、腰まで伸ばされた髪。前髪を二ヶ所ピンで留めている。身につけているのは、私立仁正学園の制服。セーラーカラーに大きなリボンタイが特徴の、その真新しい制服の下の胸は、これからの学園生活への期待で膨らんではち切れそうだ。

 いや、物理的にもかなーり膨らんでいるのだが。

「うーん……、でもやっぱり眼鏡はまだ慣れないなぁ。眼鏡屋さんのいうとおり、起きてる間はなるべくかけるようにしてたんだけど」

 ずれが気になるのか、少女は両手でつるの部分に触れて、位置を調整する。それから、鏡にむかってにっこりと微笑んでみせた。

 透き通るように白い肌に、ほんのりと赤みを帯びた頬。桜の花びらのように可憐な唇に、スッキリと通った鼻筋。そして、眼鏡を通しても印象的な大きな瞳。それらが小ぶりな顔に絶妙のバランスで配置されている。街を歩けば、すれ違う男は思わず振り返ってしまうに違いない。

「ましろ~、早く朝ご飯食べちゃいなさい。入学式から遅刻なんてしたら一生の恥よ~」

 階下から母親の声が響いてくる。

 そうだ、今日は一生に一度しかない高校の入学式。間違っても遅刻なんかしちゃいけない。そんな事しようものなら、母のいうとおり一生ものの恥だ。

 塚本ましろは、最後にもう一度鏡の中の自分をチェックすると、部屋の扉をあけ、一階のダイニングへと階段を駆け下りていった。


      ***


『――でありますから、新入生諸君も仁正学園の生徒としての自覚を持ち、勉強に、そして課外活動に、精一杯頑張ってください』

 眠気を誘うほどに長かった校長の挨拶も終わりに差し掛かった入学式会場。まっさらな制服を着た新入生たちの中に、ましろの姿もあった。周囲には、まだ名前も知らない新しいクラスメイトたちが座っている。

(今日から、高校生なんだ!)

 ましろは今更ながらそんな実感に、身を震わせるほど感動していた。

 ついこの前まで、ましろはどこにでもいる普通の中学生だった。長い髪を校則通りに三つ編みのお下げにした、どちらかというと野暮ったい女子生徒だったのだ。

 成績もあまりよろしくなく、担任の教師からは何度も志望校の変更を薦められた。だが、ましろは『仁正学園の制服を着たい』という、ただそれだけの理由で、連日深夜まで必死に勉強した。それはもう、凄まじい、涙ぐましいほどの勉強量だった。使っていた参考書や問題集が、文字通りすり切れるほど、ましろは死にものぐるいで勉強したのだ。

 そのおかげで、模試の成績は急上昇。僅か半年で「絶対に無理だ」と言われていた仁正学園高等部のA判定を勝ち取ってしまったのである。合格発表の日、自分の受験番号があったときには、思わず一緒に見に来ていた母親に抱きついてしまった。

 だが、ドーピングといってもいいような、あまりに激しい受験勉強の副作用か、ましろの視力は一年ですっかり落ち、とうとう入学前に眼鏡を作ることになってしまったのだ。

 でも、ましろは少しも後悔していない。実は、ほんのちょっとだけ、眼鏡をかけるということに憧れのようなものを持っていたのだ。

 中学時代の親友だった佐知子は、眼鏡をかけたクールな美少女だった。

 もしかしたら自分も、眼鏡をかけたら佐知子のように大人っぽくて、格好いい女の子になれるかもしれない。そんな漠然とした憧れを「眼鏡をかける」という行為に抱いていたましろだった。はじめて眼鏡屋にいって、色々なフレームからワインレッドのハーフフレームを選び、試着してみたときの何とも言えないくすぐったいような、そんな感覚。それがまるで昨日のことのように思い出される。

『続いて、生徒会長あいさつ』

 進行役の生徒が告げると、一人の男子生徒が壇上にあがった。少年が壇上に上がると、まるでその影のように、一人のショートカットの少女が、その側らに立つ。まるで少女のように整った顔をしていて、一見すると中性的な印象を与える少年だ。だが、その少年は壇上に立つと、身体の芯がまるで氷の刃で出来ているような、絶対零度の瞳で新入生たちを睥睨した。

「カッコいいけど……なんか怖い……」

 ましろの隣に座っていた女子生徒が、ぽつりと呟く。その呟きが終わるか終わらないかというタイミングで、壇上の少年は口を開いた。

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