第3話――眼鏡の聖戦士現る? 3

 そして三〇分後。ましろは一人ぽつんと下駄箱の前に立っていた。仮の席が担任の目の前だったため、ちょっとした雑用を言いつかってしまったのだ。基本的に真面目なうえに、あまり気の強くないましろは、断ることも出来ずに担任の手伝いをするために職員室に行った。その間に、他のクラスメイトたちはさっさと下校してしまった、というわけだ。

「まだ待っててくれるような友達も出来てないからなぁ……」

 下駄箱から学校指定のローファーを取り出し、入れ替わりに上履きを納める。まだ真新しい靴に足を入れ、とんとんとコンクリートの三和土につま先を打ち付ける。

「帰ったらお母さんに『コンタクトにします』って言わなきゃいけないのかぁ……」

 また眼鏡の下の大きな瞳がうるうるしはじめる。ましろは少し俯き気味に昇降口を出た。

 春の日差しは暖かく、まるで全身を包み込んでくれるように柔らかい。その光は、ましろに少しの元気を分けてくれた。ちょっと見上げれば、所々に植えられているソメイヨシノの白い花びらが、眼鏡のレンズを通して少し眩しい。ためしに、ましろは眼鏡を外して桜の花を眺めてみた。急に世界が輪郭を失い、桜の花びらにもボンヤリと霞がかかったようだった。眼鏡をかけ直すと、世界は元の輪郭と色彩を取り戻す。まるで魔法でもかけたかのように。

「やっぱり、眼鏡を通すと世界が変わって見えるなぁ」

「いや、君のその認識は誤りだ!」

 唐突に背後から投げかけられた冷ややかな声に、ましろは思わず振り向いた。

 学園の制服の上に、黒いマント、そして、顔の上半分隠す覆面をした少年が、昇降口の階段の上に立っていた。その側らには、女子の制服の上に同じく黒いマントを羽織り、これまた同じように顔を半分隠した少女が、寄り添うように立っている。

 黒マントの少年はましろを尊大な態度で見下ろすと、まるで舞台俳優のように芝居がかった仕草で言葉を継いだ。

「君は眼鏡を通すと世界が変わって見えると言う。だが、そんな事はあり得ない! 眼鏡は所詮、視力を矯正する器具に過ぎない。そして、その機能は、我々の使用するコンタクトレンズに決して勝ることはないのだ!」

 少年の言葉は、まるで氷の刃のようにましろの心に突き刺さった。確かに眼鏡は視力を矯正するための道具だ。そして、コンタクトレンズに比べれば『かける』という行為にともなう制限が多いのも確かだった。しかし、ましろにはどうしても納得が出来ない。

 ましろにとって、眼鏡はただの金属と樹脂でできた視力矯正器具などではなかった。

 それは、彼女にとって確かに、新たな世界を覗く、秘密の道具だったのだ。

「……そんなこと、ないと思います!」

 ましろの口から、熱い想いが言葉となって零れ出る。

「確かに、眼鏡は視力を矯正するための道具かもしれない。でも、私にとっては、眼鏡を通して世界を見ることで、全然別の新しい世界が見えるんです! 眼鏡は、私にとって、無くてはならないものなんです!」

「ふん……。一年B組塚本ましろ……。やはり貴様は『眼鏡に選ばれし者』……メガネンジャーなのだな」

 ましろは思わず眼鏡の奥の瞳を見開いた。

(この人、私のことを知っている! それに『眼鏡に選ばれし者』って……、メガネンジャーって一体?)

 少年は冷ややかな目でましろを見据えたまま、ゆっくりと右手を顔の高さに挙げ、パチンと指を鳴らした。その合図と共に、どこに居たのか制服に黒い覆面姿の男子生徒が数人わらわらと集まってくる。あっという間に、ましろは完全に取り囲まれてしまった。仮面の少年が勝ち誇ったような態度で、ましろに命じる。

「塚本ましろ、悪いことは言わない。我々に従え。そうすれば手荒な事をしなくても済む」

 その時だった。

「そんなことは、このオレが許さない!」

 ましろのすぐ後ろで、聞き覚えのある少年の声がした。と、思うまもなく、ましろを囲んでいた覆面姿の男子生徒が数人まとめてぶっ倒される。

「この子の、この眼鏡っ娘の平和は、オレが守る!」

 突如現れた男子生徒は、すっとましろをかばうように前に立つ。二年C組、出席番号二十五番、ウルフカットの髪と銀縁眼鏡が印象的な松原晋太郎だった。

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