第58話――エピローグ――もしくはその後の彼ら 2

 部室棟の端にある文芸部室では、郁乃と水琴がいつも通りに、それぞれの作品に取り組んでいた。

 郁乃は辞書から抜き出したキーワードをお題に、短いストーリーを作っている。大分慣れてきたのか、原稿用紙を埋めるシャープペンシルの走り方も軽快だ。

 水琴は部室の備品であるパソコンで、自作の小説を書いていた。キーを叩く音が絶え間なく部室に響き渡る。

「白石先輩、今は何を書いてらっしゃるんですか?」

「え? ああ、アクションものよ。ちょっとしたヒントをくれた人がいたから、初めてだけど書いてみてるの」

「へぇ。どんなアクションなんですか? ボクにも読ませてください!」

 キーを打つ手を休めると、水琴は少し眼鏡の奥の瞳を閉じ、その後花のように微笑んだ。

「いいわよ。でも、もう少し書けたらね。最初に郁乃ちゃんに読んでもらうわ。ちなみに、内容は少女と少女の剣戟よ」

「やったぁ! ……って、それってもしかして、この前の……」

「そう。わたしと百合香さんの戦いを書いてみてるの。頭の中に絵を浮かべて、それを文章にしてるんだけど、アクションって書くの難しいわね」

「じゃあ、ボクも出してくださいよ! 巨大なハンマーで戦闘員をなぎ倒す、美少女眼鏡戦士! 絵になりますよ!」

 水琴は思わずクスクスと笑う。そんな笑いでさえもまるで花のように美しいのが、この最強の文学少女だった。

「はいはい。もちろん出してあげるわよ。心配しなくても、五人とも全員出ますから」

「役立たずの晋太郎ちゃんも?」

「彼はちゃんと最後に役に立ったじゃない」

 郁乃は眉を寄せて考え込む。水琴はにこやかにそれを見つめている。

「あれは、偶然というか、まぐれなんじゃないかなぁ……」

「いいえ、まぐれなんかじゃないわ。あれが松原くんの本当の力よ」

「そんなもんですか?」

「ええ。そういうものです」

 郁乃はぱっとひまわりの花のような笑みを浮かべた。

「そうですよね! 晋太郎ちゃんがヘタレで、役立たずで、どうしようもないのは確かだけど、それでもやる時はやるのが晋太郎ちゃんだから!」


      ***


「ようやく、学園の眼鏡っ娘たちの平和を取り戻せたな!」

「体育館をぶっ壊して、中庭を瓦礫だらけにして、病院送りの生徒を多数出して……まあこれは敵の戦闘員だけど、それでよくそんな爽やかな顔で笑えるわね、松原くんは」

「いやだなぁ、部長。あれは正義のヒーローとして仕方のないことだったんですよ! その証拠に、俺たちには何のお咎めもないじゃありませんか」

 放課後の校庭で、晋太郎とましろ、それに陽子は中国武術研究会の活動をしていた。今日も他の部員はサボりだ。

 体育館が修理中で使えないため、校庭はたくさんの運動部でひしめいている。

「でも、あれ以来眼鏡をかけた生徒が襲われることも無くなりましたし、たしかに学園の平和は取り戻せたと思いますっ!」

「ましろさんの言うとおり! 俺たちの活躍で、学園の眼鏡っ娘の将来は安泰です!」

「将来ってなにさ……」

 晋太郎は極上の笑顔を浮かべると、銀縁眼鏡のフレームをきらりと光らせ、腰に手をあてて胸を反らした。

「決まってるでしょう! 学園の眼鏡っ娘たちで、俺のハーレムを作るんです! 学園を救ったヒーローの言うことならば、どんな眼鏡っ娘も聞いてくれるに違いない!」

「ほぉ……ハーレムねぇ……。その中にはウチらも入ってるのかな? 学園のヒーロー、松原くん?」

 晋太郎の笑顔が凍り付く。寒気がするのに、何故か脂汗がダラダラと垂れてくる。この状況は危険だ。身体がそう告げていた。

「待って、部長、今のは冗談でぇぇえぇええぇぇぇぇぇぇ痛い痛い痛い痛い! 折れる折れる折れる折れる! はなしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 運動部でひしめき合う放課後の校庭に、晋太郎の断末魔の叫びが響き渡る。今日も陽子の技の切れはいつも通りだった。

「わ、私なら、松原先輩のハーレムの一員になっても構いませんっ」

 ましろの嬉しい一言も、晋太郎の耳には届かなかった。


      ***


 人は視力に頼る生き物だ。

 視力が衰えれば、視力矯正のために人は眼鏡をかける。

 だが、眼鏡は決して視力を矯正するためだけの道具ではない。

 少なくとも、五人の眼鏡戦士たちと、由隆と百合香。それに、あの事件を目撃した仁正学園の生徒たちにとっては、眼鏡はただのフレームとレンズの複合体ではなかった。

 それは、人の心を繋ぐ道具。

 それは、新たな世界を覗き見る窓。

 仁正学園の眼鏡っ娘や眼鏡男子たちは、胸の中にそのことを刻みつけていた。


 ――全ての者に眼鏡の祝福がありますように。

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学園戦隊メガネンジャー! 改訂版 東 尭良 @east_JP

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