第57話――エピローグ――もしくはその後の彼ら 1
あの事件からすでに一ヶ月が過ぎようとしていた。
あれだけ派手に体育館やら中庭を破壊したにもかかわらず、由隆は退学処分を免れた。
といのも、五人の眼鏡戦士が倒したコンタク党員たちの口から、あれはコンタク党が試作した『魔王のレンズ』の試作品が原因だとわかったからだ。そして、コンタク党員の一部教師によって由隆を実験台にすることが決定されたことも。
魔王のレンズ。
使用する者の精神を乗っ取り、自分を無敵の魔王だと思い込ませ、破壊の限りを尽くす、悪魔のレンズ。その試作品の実験台となったのが由隆だったのだ。
ただし、何のお咎めも無しというわけにはいかず、由隆は学校外でのボランティア活動に半強制的に参加させられることになった。もちろん、副会長である百合香も一緒だ。
今日の彼らは老人介護施設でお年寄りたちの話し相手をしている。
「お兄ちゃんは、うちの孫にそっくりだよ」
「あっはっはっは。お孫さんも相当美形なのですねぇ!」
その顔には、眼鏡の神様からの贈り物である、ダークブラウンのセルフレーム眼鏡がかかっている。度はぴったりと合っていて、かけ心地も申し分ない。
「いやね、うちの孫も眼鏡かけてるんだよ。おばあちゃんのワタシが眼鏡なしなのに、若い子が眼鏡かけて、おかしいねぇ」
カラカラと笑う老女は、確かに眼鏡をかけていないし、瞳はくっきりと澄んでいる。
だが、由隆はにこやかに切り返した。
「おばあちゃん。眼鏡を通して世界を見るのも、決して悪いものじゃありませんよ。僕も眼鏡が嫌いだった時期がありますけど、今ではお気に入りです」
「おや、そうなのかい。眼鏡を通して世界を見るねぇ……ふむふむ。お兄ちゃん、なかなか面白いことを言うねぇ」
少しだけ遠い目をして、由隆はあの事件のことを思い出していた。
コンタク党の駒としていいように利用されたこと。
眠っている間に、どうやら催眠術のようなものをかけられ、自分がコンタクトレンズの魔王になったと思い込まされたこと。
自分を見失い、自分の近くにいつもいてくれたかけがえのない人をも失いかけた、あの忌まわしい事件のことを。
学校内にいたコンタク党員の教師は、ほぼあぶり出されて解雇されたと聞く。それに比べて自分への処分の甘さはどうだろう。
(これも、彼らのおかげかもしれないな)
由隆は、五人の『眼鏡に選ばれし者』たちの顔を思い出していた。
銀縁眼鏡の眼鏡男子、晋太郎。
ワインレッドの眼鏡をかけ、超ミニスカートのコスチュームで戦っていた、塚本ましろ。
超がつくちびっ子で、ピンクのふりふりワンピースに巨大ハンマーというミスマッチな取り合わせの、池田郁乃。
自分が一度は惚れて、ボコボコにやっつけられ、眼鏡を憎むきっかけにもなった、中国武術の使い手、春日野陽子。
もう一人のかつての思い人であり、文芸部が『文武両道の芸を磨くクラブ』だった頃の生き残り。最強の文学少女、白石水琴。
男の印象が薄いのは致し方のないことである。決して由隆のせいではない。
由隆は、自分を倒した五人の戦士に心から感謝していた。魔王のレンズの暴走を止め、自分が殺しかけた百合香の命を救ってくれた、眼鏡の神にも感謝していた。
その百合香は、いまはちょっと離れたところで、にこやかにお年寄りたちの話の輪に加わっている。
その様子を、由隆は眼鏡の奥の優しい瞳で見つめている。百合香の顔には、由隆の物とおそろいのダークブラウンの眼鏡。ただし、度は入っていない。
(やっぱり、ゆりかちゃんは笑っている方が可愛いよ。僕に忠実であろうと必死になってくれたのは嬉しいけど……)
「おや! あのお姉ちゃんはお兄ちゃんのカノジョかい? おそろいの眼鏡なんかして、怪しいねぇ」
「え、えええっ? そ、そんな、違います! 僕と彼女はそんな仲じゃ……」
ふと視線を感じて横を見ると、百合香がとてもとても悲しそうな目で由隆を見ていた。
「私、ゆたかちゃんのカノジョじゃなかったんだ……」
眼鏡の下の目尻にみるみる涙がたまっていく。由隆は慌てて百合香の手を取ると、老人たちの大笑いに見送られて、レクリエーションルームから飛び出していった。
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