第52話――魔王さんと勇者様ご一行、最終決戦! 12
晋太郎の逃げ足の速さは本物だ。
陽子のサブミッションから逃げるために、徹底的に鍛え上げられたその逃げ足は、陸上部の短距離選手も真っ青の瞬発力を発揮している。
本当は恐ろしい。何もかも放り出して逃げ出してしまいたい。いくら強化服を着て、眼鏡の力で身体も強化されているとはいえ、あのビームを何度も食らえば、もしかしたら死んでしまうかもしれない。
だが、ましろが、郁乃が、水琴が、陽子がその餌食になるよりは、自分がビームを食らい続けた方がずっとマシだ。だから晋太郎は、震えて崩れ落ちそうになる膝に力を入れて、走り続けた。
なによりも、仲間を助けるために。
「くそっ! ちょこまかと動き回りおって! 食らえ! ハイグレードコンタクトレンズビームっ!」
ビームが晋太郎の左肩をかすめて外れる。晋太郎の背後では初代校長の胸像が大音響とともに砕け散っていた。頭の部分が吹き飛んだ胸像が、無残な姿をさらしている。対峙する二人の距離はじりじりと縮まってくる。
焦りが出始めたのか、それとも由隆の動体視力を晋太郎の動きが上回ったのか、ビームの照準に僅かな狂いが出始めた。やがてそれは、ビームをくらい続けてきた晋太郎自身にも、そしてビームを発している由隆本人にも感じられるほどの狂いになりつつあった。
晋太郎の逃げ足の速さは本物だ。
だが、その逃げ足の速さを攻めに使ったことは、これまで一度たりともない。その機会がなかったのだ。そして今、おそらく初めてそのチャンスが訪れようとしている。
(もしかしたら、このまま行けるかもしれない!)
晋太郎は、気を抜いたらへたり込んでしまいそうな自分の両脚に気合いをいれ、フェイントをかけながら由隆との距離をぐっと縮めた。一瞬、由隆の反応が遅れる。晋太郎はその隙を見逃さなかった。
「――っ! ハイグレードコンタクトレンズビー……」
「遅いっ!!」
ぐっと右の拳を握りしめる。まるでコマ送りのビデオ画像のように、コンタクトの魔王と化した由隆の仮面に隠れた顔がゆっくりと近づいてくる。晋太郎は拳に全体重と突進力を乗せてその黒い仮面に向かって突き出す。
晋太郎の渾身の右ストレートが、由隆の左頬に食い込んだ。派手に吹っ飛び、後方にゴロゴロと転がる由隆。花壇の縁にぶつかって、ようやく由隆の身体が止まる。
起きあがってくる気配は、なかった。
「ぜぇ……ぜぇ……や、やったのか……?」
両膝に手をつき、苦しい息をつく。眼鏡の下の目に汗が流れ込んでしみる。
「起きあがってくれるなよ。もうこれ以上走り回るのはごめんだからな……」
そのとき、晋太郎の眼鏡が、一つの小さな光るものを映し出した。それは地面に落ちた紅い色のコンタクトレンズだった。
レンズを拾い、ゆっくりとコンタクトの魔王、由隆の方へと歩を進める。
拾ったレンズは一つだけ。ということは、もう一つはまだ由隆の目にある可能性が高い。
晋太郎の背後から、四人の仲間たちもついてくる。いつでも攻撃が仕掛けられるように、万全の体勢で。
ふと、晋太郎の足がとまった。由隆の肩が震えているのに気づいたのだ。
「みんな止まれ! こいつ、意識がある!」
他の四人が直ちに攻撃態勢にはいる。
だが、由隆はただ震えているだけで立ち上がろうとはしない。
「よし、みんな、いまのうちに止めを刺すんだ!」
晋太郎のその言葉に、他の四人は黙って頷く。各々の武器が構えられ、今まさにコンタクトの魔王に飛びかかろうとしたその時、小さな黒い影が、眼鏡戦士たちとコンタクトの魔王の間に飛び込んできた。
黒い影に見えたのは、学園の制服の上に、ボロボロになった黒マントをつけ、顔を半分覆面で覆った女生徒だった。女生徒は必死の形相で口を真一文字にむすび、小さな身体をこれ以上ないくらい大きくみせようとしているかのように、両手両脚を広げて五人の前に立ちふさがった。
「会長を……ゆたかちゃんを傷つけないでっ!」
悲痛な表情で叫んだのは、傷だらけの百合香だった。
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