第50話――魔王さんと勇者様ご一行、最終決戦! 10

 ましろは周囲を戦闘員に取り囲まれながらも、圧倒的な強さでそれをなぎ倒していく。これがあのか弱かったましろなのかと、見るものが目を疑うほどに、強い意志がましろの瞳に溢れている。

 スカートがひらめき、いけない布地が見え隠れする。しかしましろは怯まない。おへそが見えていても、胸が揺れても、攻める手を止めはしない。見る間にましろを取り囲んでいた戦闘員の数が減っていく。そして、地面には倒されたコンタク党戦闘員たちが死屍累々と横たわっていた。

「松原先輩が守ってくれた分、今度は私が松原先輩を守れるくらいに強くなる! 私、コンタク党なんかに負けない!」

 その時、ましろから数メートル離れて戦っていた晋太郎の背後から、ダークスーツの男が手にスタンガンを持って忍び寄っていた。晋太郎は目の前の戦闘員を相手にするのに必死で、背後に迫る脅威に気づいていない。

「松原先輩! 危ない!!」

 ましろは驚くべきダッシュ力でダークスーツの男との距離を詰め、その手にあったスタンガンを蹴り上げた。空中高く舞い上がったスタンガンは、乾いた音を立てて数メートル離れたアスファルトの地面に転がった。

 男は無表情にましろの方へ向き直ると、すっとファイティングポーズを取る。

(この人、強い! 戦闘員さんたちとは大違いだわ!)

「ましろさん! 無理だ、そいつは多分プロの戦闘要員だぞ!!」

「いえっ、やります! 私だって、『眼鏡に選ばれし者』なんですっ!」

 ましろはダークスーツの男の瞳をにらみ据える。冷たく光る双眸が、静かにましろの目を見つめ返してくる。ましろの額に、さっきまでは流れなかった汗が玉のように滲む。

 正直に言って怖い。逃げ出したい。

 だが、晋太郎ならこんな時どうするだろう。ましろはにらみ合いを続けながら、そう考えていた。

(松原先輩なら、私を置いて逃げるなんてこと、絶対にしない! 私だって、松原先輩を守ってみせる!!)

 ダークスーツの男が、音もなく距離を詰めてくる。それはすでに徒手の間合い。恐怖心と戦っていたましろの反応が、一瞬、遅れた。次の瞬間、ましろは後方にはじき飛ばされていた。男の横蹴りが、まともに胴に直撃したのだ。普通ならば立ち上がれない必殺の一撃。しかしましろは、派手に吹っ飛ばされながらも、何とか踏みとどまった。

(この程度じゃ、倒れない! 倒れられない!)

 強化されたバトルコスチュームの上からの一撃だったにもかかわらず、ましろは大きなダメージを負っていた。骨折こそしていないが、多分くっきりと痣がのこっているだろう。

 よろめきながらも、何とか構えをとるましろ。ダークスーツの男は無表情だったその口のはしに、僅かなあざけりとも取れる笑みを浮かべていた。

 再び男の回し蹴りがましろを襲う。

 両腕でガードしたましろの、そのガードごと身体を吹き飛ばすほどの威力だった。

 たまらずましろが地面に転がる。だが、のんびり寝ている隙を、相手の男は与えてくれなかった。倒れたましろの腹に、男の蹴りが突き刺さる。思わずうめき声が上がる。だが、奥歯が砕けるほどに噛みしめ、そのダメージに堪える。

 二度、三度と男は蹴りを放つ。そして四度目の蹴りがましろをとらえようとしたその瞬間、蹴りに合わせてましろは身体を転がした。転がすと同時に全身のバネを使って跳ね起きる。跳ね起きた勢いを保ったまま、ましろは男の懐深く飛び込んでいた。

 身体と身体が触れあう密着状態。

 こんな状態からは打撃など不可能だと、誰もが思ったに違いない。少なくとも、ダークスーツの男はそう思い込んでいたようだ。男はましろを投げ飛ばそうと、服を掴む。だが、ましろの態勢は崩れない。そして、その右拳は男の鳩尾にぴたりと据えられていた。

 中国武術の技術の一つ、寸勁すんけい

 僅かな距離や、密着した状態から強大な打撃力を生み出す、中国武術独特の力の発し方だ。ましろは眼鏡の導くままに、その全身の力を拳に乗せ、一気に解放した。

 傍目には何も起きなかったようにしか見えなかった。

 だが、ダークスーツの男の全身から力が抜けていき、ましろの前に膝をつき、やがて完全にくずおれた。ましろ自身も信じられないほどの強大な発勁。しかし、現実に相対していたあのダークスーツの男は、今自分の足下に倒れ伏している。

「ましろさん! 大丈夫……って、倒したの!? こいつを!」

 しつこく纏わり付く戦闘員をやっとの思いで倒した晋太郎が、ましろの元に駆けつける。

「はい……、松原先輩みたいになりたくて、夢中で戦っていたら、いつの間にか……」

 ふらりとよろめいたましろを、晋太郎が抱きすくめるようにして支えた。ましろは自分の膝がカクカクと震えていることに気付く。

「ましろさん!」

「大丈夫です。ちょっとくらっとしちゃっただけですから」

 バトルスーツ越しに、晋太郎のとくん、とくん、という心臓の鼓動が聞こえてくる。

戦いはまだ続いているというのに、ましろはもう少しこうしていたいと思ってしまった。

(ああ、なんか松原先輩の腕の中って、ほっとするなぁ……)

 晋太郎の腕や胸は、思っていたより逞しくましろには感じられた。

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