第47話――魔王さんと勇者様ご一行、最終決戦! 7
百合香は考えていた。なぜ、由隆が笑うと自分は幸せなんだろうか。
由隆がどんな手段を使ってでも学園から眼鏡を根絶すると言ったとき、自分はどんな気持ちだったのだろうか。
だが、そんな考えは水琴の剣先の唸りに吹き飛ばされていた。
いけない。そんな思考は戦いの邪魔だ。
いまはこの女を倒すことだけを考えろ。
そう強く自分に言い聞かせる百合香に、水琴の言葉が追い打ちをかける。
「あなたの献身は、彼にとって本当によいものなのでしょうか? あなたはそれに気づいているのではありませんか?」
「うるさい!!! これは私の意志だ! 彼の笑顔だけが私の望みだ!」
「だから、彼がわたしに告白するときにも、そして春日野さんに告白するときにも、側についていたのですね?」
百合香の心臓が凍り付く。去年の出来事が、脳裏にありありと浮かぶ。
自分に眼鏡を預け、陽子との戦いに赴いた由隆。 水琴に告白するからついてきて欲しいと恥ずかしそうにいった由隆。そして、二度とも無残に敗れ去った彼。
自分はその全てを見ていた。由隆が眼鏡を憎むきっかけを、見ていた。
『眼鏡なんて……眼鏡なんてもう二度とかけない! 石橋くん、君も眼鏡などやめてコンタクトにしたまえ!』
『はい……』
『聞くところによると、全日本コンタク党という結社があるそうだ。僕はそこに入党するぞ。石橋くんも入りたまえ! そして、生徒会の内側から、この学園の眼鏡の根絶をはかってやる!』
あの日、あの時から、彼は変わってしまった。
別に、春日野陽子や白石水琴と彼が付き合うことは構わなかった。
それで彼が笑っていてくれるなら。
だが、彼は無残に振られ、敗れ去った上、その怒りの矛先をついには眼鏡に向けた。
自分がド近眼で、眼鏡なしではまともに戦えないことをすっかり忘れていた彼。
それに気づきながら、彼の眼鏡を預かった自分。
「好きな先輩がいるんだ。告白しようと思うんだが、一人じゃ心細いんだ」
そういって一緒に来てくれるように頼んだ彼。
そして、その願いを断らなかった自分。
一体どこから歯車はかみ合わなくなったのだろうか?
「私はあの人の笑顔があればそれでいい。私は彼の側らに、影として立っていられればそれで構わない。それ以上望むことなど、私にはない!」
氷の彫像のようだった百合香の顔に、明らかな怒りの表情が浮かぶ。
この女は、私の心に土足で踏み込んでくる。私の触れられたくない真実に、図々しく触れてくる。許せない。絶対に許せない!
嵐のような心の内をそのままに表したように、百合香の剣もまた嵐のように荒れ狂う。
一見激しいが、その太刀筋は先ほどまでと違って千々に乱れていた。
「そう。怒りなさい。思う存分、自分の心の澱みを吐き出してしまいなさい。剣の一閃一閃に、自分の怒りを載せなさい」
水琴は百合香の激しい斬撃を、まるで軽やかに舞を舞うように躱し続ける。やがて、さっき捨てたもう一本の剣のところまでたどり着くと、つま先で剣を蹴り上げて、左手でそれをしっかりと握った。
「あなたのその怒りと悲しみ、まだ恋を知らないわたしには完全には理解できませんが」
斬撃を左右の二本の剣を交差して受け止めた水琴は、百合香に向かって言い放った。
「それが間違っているということだけは、わたしにも分かります!」
言葉が終わると同時に、二人は僅かに距離を取り、また弾かれるようにして距離を詰め合っていた。百合香の鞭のようにしなる腰帯剣と、水琴の双剣。それが交錯し、激しい音を立てる。
互いの頬を薄皮一枚斬り、傷口からはうっすらと血が滲む。だが、百合香は痛みなど感じてはいなかった。ただただ、熱く、冷たい感触だけが傷口にあった。炎と氷を同時に押しつけられているような、そんな感触。二度、三度と互いの剣が互いの皮膚を切り裂く。熱い。冷たい。熱い。冷たい。熱い。冷たい……一体どちらなのだろう。
私は、なぜ闘っているのだろうという思いが、百合香の脳裏にふとよぎった。
「だんだん、剣捌きが乱れてきましたね。わたしの言ったことが図星だったのでしょう?」
穏やかな笑顔を湛えたまま、水琴が語りかけてくる。こんな時にも微笑むことが出来る、この女の花のような笑顔を散らせてやりたい。百合香は全神経を剣先に集中して、水琴の顔に向けて剣を放った。
水琴も同時に間合いを詰め、剣を百合香の胴へと突き出している。剣と剣がぶつかり合う音もなく、技と技が交錯し合った。
二人の動きが止まり、やがて、ゆっくりとした動作で二人が同時に跪く。
水琴の頭から顔に血が流れ落ち、巫女装束の白衣を濡らす。水琴の片方の剣の柄は、百合香の鳩尾にしっかりと食い込んでいた。柄を使った当て身だ。
「あなたは本当に強い……。眼鏡の力を使っているこのわたしと互角に戦えるほど、一日で成長したのですね」
「……私は強くなんかない。ただ、あの人のために負けられない、それだけだ」
水琴は淡い微笑みを浮かべながら、百合香の目を見て言った。
「それが強いという事だと、わたしは思います。あなたは強い。とても、とても強い」
それを聞いた百合香は、口の端を上に持ち上げていた。その表情は、かたいものだったが、間違いなく笑顔だった。次の瞬間、百合香の意識はかき消えていた。
崩れ落ちる百合香を、水琴は剣を捨てて抱きかかえた。
「勝負は引き分けです。わたしには、あなたに勝った気がしませんから」
消えていく意識の中で、百合香は水琴の言葉を確かに聞いていた。
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