第46話――魔王さんと勇者様ご一行、最終決戦! 6

『松原くん、会長のビームの欠点は……』

 一瞬、晋太郎の頭の中に、眼鏡を通じて水琴の声が響く。だが、水琴からの通信はそこで途切れてしまった。

『白石さん! 白石先輩! くそっ、応答がない! ビームの欠点って何なんですか!』

 中庭では、学園の制服に覆面姿のコンタク党戦闘員や、コンタク党員であろうダークスーツの男も交えての大乱戦が始まっていた。校舎の窓という窓には、生徒たちが鈴なりになって戦いの様子を見ている。

「白石先輩からの応答はない! とにかく、まずはこの雑魚キャラどもを倒しきってしまうんだ! 白石先輩は必ずオレたちの元に帰ってくる!」

「はいっ! わたし、ぱ、パンツが見えて恥ずかしくても我慢して戦いますっ!」

「ボクも、このハンマーで破壊の限りをつくしてやるよ!」

「いや、それは悪役っぽいセリフだぞ、郁乃」

 そのとき、聞き覚えのある少女の声が、晋太郎たちの背後から投げかけられた。

「どうやら苦戦しているようじゃない。こういうときは、頼りになる美少女眼鏡武闘家が活躍するものと相場が決まってるのよ!」

 思わず声のした方向を振り向く晋太郎たち。

 そこには、深いスリット入りの深紅のチャイナドレスに身を包んだ春日野陽子その人が立っていた。ドレスには金糸で昇り龍の刺繍が施されている。手には鈍色に光る鋼鉄の三節棍。それは全ての悪を倒す正義の一撃。

「約束どおり、助太刀に来たわよ、松原くん! 私のこの三節棍の痛み、味わいたいヤツは遠慮無く前に出なさい!」

 暴走気味の三人の少女と、どん引きしている晋太郎。そして、部下たちに戦いを任せ、昇降口の階段の上で優雅にその戦況を見守る由隆。

 戦いは膠着状態の様相をみせはじめていた。


      ***


 剣と剣がぶつかり合う、鋭い金属音が体育館裏に響く。ついさっきまで百合香の剣が空気を切り裂く音と、水琴の突き蹴りの唸りが支配していた空間は、激しい剣戟の音で溢れていた。

 百合香は、水琴の剣技に内心舌を巻いていた。

 両の手に剣を持った水琴は、左で斬りかかったかと思うと、続けて右で、さらに左が続き、右の剣ががあとを追う。まるで水が流れるような、よどみのない剣捌きをみせていた。

 対する百合香も、一本の腰帯剣を完璧に操り、まさに剣と人とが一体になったかのような動きを見せる。

水琴の剣を受け、躱し、自分から技を仕掛けながら、百合香は心の中で叫んだ。

(私は負けるわけにはいかない。たとえこの女がどれだけ強かろうとも!)

 ふと百合香の脳裏に、由隆が水琴に告白してあっさり振られたシーンがよみがえってきた。氷の外見と裏腹の熱い想いが、百合香の口から水琴に叩きつけられる。

「あなたは、会長の交際の申し出を無下に断った。あの時会長がどれだけ悲しんだか!」

「わたしはまだ本当の恋をしたことがないんです。好きでもない殿方の告白を受け入れることなんて、わたしには出来ない」

 二人は激しく言葉を交わし合いながらも、剣を繰り出すことをやめない。それは戦いの技でありながら、まるで舞踏のようにも見える動きだった。二人の武人は、今互いの剣で言葉を交わし、思いをぶつけ合っている。

 ちりっ、と百合香の剣先が水琴の服を僅かにかすめる。同時に水琴の剣も百合香のマントをかすめている。徐々に、二人の剣が相手の動きを捕らえつつあった。それは誰よりも、戦っている本人たちが一番よく知っていた。

 この戦いは間もなく終わるだろう。だが、勝者は一人だけ。引き分けなどという結果は、二人とも望んではいない。

 何度目かの静寂。

 互いに剣を向けあい、少し弾みはじめた息を整える。そして、相手の呼吸を読み、相手の隙を探る。由隆のビームで崩れた体育館の外壁から破片が落ち、カラカラと音を立てた。

 その音が合図になる。

 二人は弾かれたように距離を詰め、互いの剣を相手の身体に叩き込むべくその腕を振るった。水琴の右腕が僅かに裂ける。百合香の右脇腹の薄皮が一枚切られる。

 だが、二人は止まらない。止まったとき、それは自分の死を意味しかねない。

 二人はそれをよく理解していた。

「あなた、何故そこまでしてあの生徒会長に尽くすのですか? あなたは単にいいように利用されているだけだとは思わないのですか?」

 二本の剣を嵐のように叩きつけつつ、水琴が百合香に問うてくる。

「これほどまでに献身的になれる、あなたの気持ちが知りたいんです」

「私は、会長が、あの人が笑っていてくれさえすれば、それで幸せなのです。あなたには理解できない」

 百合香の剣先が水琴の左肩を捕らえる。一瞬、躱すのが遅れた水琴の肩に、百合香の剣の切っ先が食い込んでいた。

「なるほど……そうですか。わたしはまだ恋を知らないから、よくは分かりませんが、あなたは彼に恋をしているのですね?」

 食い込んだ剣先から、水琴の赤い血がつつっと刃を伝って落ちてくる。

 百合香が水琴の言葉を否定する。

「そんな安っぽい感情ではない! 私は、彼に命を捧げてもいいと……」

「それこそ恋ではありませんか。恋愛感情は、時として自分の身を犠牲にしても相手を幸せにしたいという衝動を生むものです」

 二人の動きは止まっていた。肩に百合香の剣を食い込ませたまま、水琴は語る。

「でも、だからといって、その好いた相手が道を違えようとしているときにまで、それを手助けすることが本物の恋だとは思いません。違いますか?」

「あなたには、わからないっ!」

 足の裏で思いきり水琴を蹴り飛ばすと、百合香はさらに襲いかかる。

 自分が疑問に思いつつ、考えないようにしてきたこと。自分がこれではいけないと思いつつ、仮面の下に隠してきた感情。それを、この女に暴かれた。

 水琴は左の剣を捨て、右手の剣一本で百合香と斬り合った。

 巫女装束の白衣が、所々切り刻まれ、血が滲んでいる。

 百合香の制服も同じだ。所々から素肌が覗き、その肌には傷がついていた。

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