第45話――魔王さんと勇者様ご一行、最終決戦! 5
一気に距離を詰めた百合香に気圧されるように、水琴は剣を躱しながら距離を取る。だが、百合香はその先を読んで水琴をある一方へと追い詰めつつあった。
体育館の裏側。裏側とはいっても、仁正学園の敷地は広い。体育館裏もちょっとした広場のような空間になっているのだ。
まるで蛇のように襲いかかる百合香の剣は、昨夜とは比べものにならないほどに速く、そして正確だった。水琴は弓を背中に背負い、素手で剣を捌きながら、なんとか密着状態へと持っていこうとするが、百合香の剣技がそれを許さない。
やがて、二人は体育館の裏側の広場に出た。
「ここなら、邪魔は入りません。あなたに受けた屈辱、倍にしてお返しします」
「あら、わたし、貴女になにかしました?」
「……とぼける気ですか。ならば、身体に思い出させるまで!」
下からすくい上げるように剣を振るう百合香。その剣先を紙一重で見切り、バック宙で躱す水琴。躱しきったところにさらに上から、横から、下から、あらゆる方向から百合香の斬撃がおそいかかる。
「どうました。躱すだけでは、私に勝てませんよ?」
「そうですね。では、少し攻めさせていただきましょう」
そういうと、水琴はほんの半歩、前に出る距離を増やした。
それはすでに徒手の間合い。
襲いかかる剣を躱しきり、水琴の拳が百合香の鳩尾に伸びる。
「くっ!」
剣を引きながら、百合香は前足で地面を蹴り、後方へ小さくジャンプした。続けざまに水琴が緋袴を翻らせて蹴りを放つ。それを身をかがめて百合香が躱す。躱しながら、百合香は軸足に剣の一撃を叩き込もうとする。蹴りを放つ時の軸足を狙うのは、ある意味常套手段といえた。
だが、剣は空を斬った。
足首のスナップだけで上に飛び、水琴は百合香の剣先を一瞬のうちに躱していたのだ。
「あなたは、やはり強い。だが、私は負けない。あの人に笑っていてもらうために!」
強い決意をその目に宿し、百合香は右手の腰帯剣に神経を集中する。
「この剣は私の手の延長! その切っ先まで、自分の神経が行き届いている! あなたに届くまで、私は斬り続ける!」
百合香の言葉のあと、しばしの静寂が体育館裏を支配する。その静けさを破って動き始めたのは水琴だった。一気に間合いを詰め、続けざまに放たれる威力十分の蹴り技。
回し蹴り、前蹴り、外回し蹴り……。手より間合いの長い攻撃で、水琴は百合香を少しずつ圧倒しようとしていた。
だが、百合香もその軸足を狙って剣を走らせる。
一進一退。互いにまだ一撃も相手の攻撃を受けてはいない。二人ともこれだけ激しい攻防を繰り広げているのに、息すらあがっていない。
「あなた、昨夜とは比べものにならないほどの剣の冴えですね。もしかして、あの時は本気ではなかった……?」
「本気でした。ですが、人は一日でも時間があれば成長する、成長出来る生き物だ!」
「正直、予想外でした。あなたを舐めるつもりはありませんでしたが、わたしがここまで苦戦するとは……」
「あなたは会長のビームの欠点に気づいている。そのあなたを、こうして連中から引き離し、私が倒す。上手くいきました」
要するに、水琴は罠にはめられたのだ。単純に戦力を分断するためだけでもなく、増して単なる私怨などでもなく、百合香はこの状況を作り出すことによって水琴が晋太郎たちに由隆のビームの欠点を伝えられないようにしたわけだ。
だが、水琴たちには眼鏡の力がある。離れていても心を通わせる手段が残されている。
水琴は右手で眼鏡のつるにそっと触れ、念じようとした。
刹那、百合香の鋭い刺突が、水琴の白い首筋に迫る。身体を捻って間一髪避ける。
一瞬遅れていたら水琴の喉に深々と剣が刺さっていただろう。
剣を繰り出しながら、百合香は水琴の眼鏡の奥の瞳を見据え、冷たい言葉を紡ぐ。
「眼鏡を通じて、あなた方は心を通わせることが出来るようですね。便利な機能です。ですが、私はその隙を与えようとは思わない!」
縦に、横に、前に、後ろに。縦横無尽に繰り出される百合香の剣は、まさに生き物だった。水琴の血を求めてやまないどう猛な生物だ。牽制の蹴りを放ちながら、水琴は一気に数メートルの距離を下がっていた。このままでは埒があかない。
「仕方ありません。出来れば素手で勝負をつけたかったのですが、わたしも得物を使わせていただきます」
水琴は背中に背負っていた二本の光の矢を手に取ると、静かに目を閉じ、念じた。
水琴の手の中の矢がまばゆい光を発し、その姿を変えていく。それは二振りの剣だった。
「……双剣ですか……」
「ええ。あなたの腰帯剣と、わたしの双剣。どちらが先に相手の血を吸うか、勝負です」
二振りの剣を構え、水琴はキッと百合香の目を見据えた。
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