第39話――魔王誕生 2
翌朝、ほとんど眠るまもなく目覚まし時計にたたき起こされ、晋太郎は大あくびをしながら制服に着替えていた。四月の朝五時半だ。日はまだ昇って間もなく、チュンチュンと雀たちのなく声がする以外、物音も聞こえない。
「こんなに早く集合することなかったかもしれないなぁ。眼鏡っ娘が襲われてたら、すぐに眼鏡が反応するんだし……」
ものぐさな正義の味方である。
本当なら、着替えも眼鏡の力でバトルコスチュームに変身することで済ませたいところだが、そのあたりは流石に手を抜いてはいけない気がする晋太郎だった。
『おはよう、晋太郎ちゃん。もう起きてる?』
眼鏡を通して郁乃が挨拶をよこす。
『起きてるよ。もう出る準備出来てる』
『そっか。じゃあ、ボク、迎えに行こうか?』
『いいよ、そんなの。子供の頃じゃあるまいし』
『ちぇーっ。いいじゃん、たまにはボクに付き合ってくれても』
頭の中に郁乃の不満げな声が響く。そういえば、これは特定の相手だけでなく、『眼鏡に選ばれし者』には全員筒抜けなのだった。それを思い出すと、晋太郎は耳まで赤くなり、心の中で怒鳴った。
『とにかく! 集合はバス停だ! 迎えになんて来なくていいからな!』
『はーい。分かったよ。ボク、先に行ってるからね』
通話終了。あやうく大恥をかくところだった。この便利なのか不便なのか分からない機能にも、大分慣れてきたなと思いつつ、晋太郎は鞄を手に部屋を出るのだった。
***
「んっ……、会長……?」
「目が醒めたかい? 石橋くん」
百合香はまだ十分に働いていない脳を再起動させ、フル回転で思考しようとした。
ここは、自分の部屋だ。自分は、下着姿でシーツにくるまっている。
そして、自分の傍らには制服姿の会長が……。
「何で会長が私の寝室にいらっしゃるのでしょうか?」
「おかしいかね? 僕は君を起こしにきたんだが」
「服を着ます。三秒以内に部屋を出ないと斬ります。いち、さん」
「『に』が抜けてるじゃないかッ!!」
問答無用で剣を振るう百合香。
危うく斬りつけられそうになりながら、由隆は部屋の外へと駆けだしていた。
「それで、何故こんな朝早くに?」
「それはだな……ふむ。純白か。石橋くんには黒もよく似合いそうだが……いやいやいや、冗談だ、剣を向けるのはやめてくれたまえ」
シーツをたぐり寄せて身体を隠しながら、剣の切っ先を由隆に向ける百合香の表情は、いつもと変わらぬ石膏像のような無表情だった。
「君にひとつ良い報告があってね。時間もわきまえずにレディの寝室に来てしまったのだよ。いや、君の寝顔を眺められて本当に良かった。まるで無垢な子供のような愛らしい寝顔……すみません、剣をおさめてください」
鼻の頭に切っ先が触れる。もう少し力が入れば、ぷすりといってしまうところだ。
「着替え終わるまで、話は結構です。すぐに済みますから、そこでお待ち下さい」
由隆は引きつった笑顔を浮かべつつ、ガクガクと頷いて、部屋の入り口から顔を引っ込めた。衣擦れの音が静かな室内に響く。おそらく、廊下にいる由隆の脳みそには桃色の妄想映像が映し出されていることだろう。
「妄想しても結構ですが、もう着替え終わりましたから」
「ええっ! もうっ!?」
「はい、とっくに」
何だか釈然としない様子を見せながら、それでも由隆は爽やかな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、本題を。実はね。僕はコンタクトレンズの魔王になったんだ」
「……………………は?」
由隆は昨夜の夢での体験を事細かに説明した。無表情だった百合香の顔が、だんだんと憐れみの色に染まっていく。
「会長……それほど思い詰められていたのですね。私が気づかないばかりに……」
「なんだよ! 嘘じゃないぞ! ほら、この黒いコンタクトのケースが、目覚めたら置いてあったんだ。そして……」
突然立ち上がると、由隆は窓を開け放った。遠くにちょっと大きめの鳥が飛んでいる。
「見ていたまえ! ハイグレードコンタクトレンズビームっ!」
煌めく光の束が、まさに飛ぶ鳥を射落とす勢いで発射された。そして命中。鳥は真っ黒焦げになってどこかへ落ちていった。
「ふ、ふふふ。これはこのコンタクトの魔王の力の一端に過ぎない! 他にもレンズの中に妙な光の模様が現れて、見た者に何でも言うことを聞かせる能力とかが……」
「会長、それ以上は危険です。主に著作権的に」
冷静に突っ込みを入れる百合香は、いつも通りの氷の彫像のような表情だったが、それでも十分過ぎるほどに驚いていた。少なくとも、あのビームは敵にとっては大変な脅威だ。見えているものに対してはおそらく百発百中だろう。
「そのコンタクト、一体どこで手に入れられたのですか?」
「僕にも分からんよ。起きたら枕元にあったんだ。だが、眼鏡の神がいるように、コンタクトレンズを司る神もいるのかも知れん。この力を使って、憎き眼鏡戦士どもをギっタギタにやっつけてくれるわ!」
由隆は百合香の方を、これまでにないほど自信に満ちた眼差しで見つめ、言った。
「今日、これから、『眼鏡に選ばれし者』たちに改めて宣戦を布告するぞ! 石橋くん、すぐに出発して校門で奴らを待つのだ!」
百合香もすでに制服姿だった。登校には少々早いとは思ったが、由隆がそうしたいのなら従うのが彼女の意思だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます