第34話――闘う文学少女 9

 昇進というその一言が、残った戦闘員たちの心に火をつけたようだ。

「行くぞ! いくら強いといっても、相手は一人。一度にかかれば勝てない道理はない!」

「「「コンターック――――っ!」」」

 三人の戦闘員が、三方向から同時に打ちかかる。だが、水琴は滑るような歩き方で、その全ての攻撃を躱し、包囲の輪を脱していた。同時に、一人の戦闘員が派手に宙に舞っている。

「コン……ターック……」

 硬い地面に後頭部から落ちた戦闘員は、口から泡を吹いて動かなくなった。

 残り、二人。

 戦闘員たちは顔を見合わせていたが、やがて小さく頷き合うと、再び水琴に向けて突進していく。

「「コンタ―――――ックっ!!」」

「せっかく逃げる時間をあげたのに、馬鹿な人たちです」

 打ちかかってくる戦闘員の拳を紙一重で見切り、腕を取る。勢いを殺さずに、戦闘員の身体を振り回すようにしてもう一人の戦闘員に叩きつける。

「「コンターックッ!?」」

 もつれるようにして地面に転がった二人の戦闘員の頭に、水琴の足が振り下ろされた。

 サッカーボールでも蹴るかのように、戦闘員の頭を蹴った水琴は、最後の獲物が動かなくなったことを確認すると、由隆と百合香の方へ向き直った。

「こ、こんな馬鹿な……。五人の戦闘員を、あっという間に……」

「安心してください。次はあなたの番ですよ。道明寺くん」

 鈴の鳴るような美しい声で、文学少女がそう告げる。次に倒れるのは、由隆だと。

「会長、お下がり下さい」

 百合香は腰のベルトに仕込まれた剣を抜いていた。相手は素手だが、剣なしで勝てるとは到底思えなかった。

「あら、わたしは素手ですのに、武器を持たれるんですか?」

 百合香は口を真一文字に結んだまま、何も言わずに水琴の動きだけに集中している。

 一陣の風が二人の間を吹き抜けたとき、百合香が斬りかかっていた。

 腰帯剣は柔らかくしなる。それ故太刀筋が見えにくい。同時に扱いも難しいのだが、百合香の剣捌きは絶妙だった。

 だが、水琴の身のこなしはその上を行っていた。蛇のように襲いかかる剣をすれすれのところで躱し続け、いつの間にか素手の間合いに飛び込む。

「――っ!!」

 両腕をクロスさせて百合香が防御の姿勢を取った。次の瞬間、水琴の右拳が剣を握っていた百合香の拳を打ち据える。硬い音をたてて、百合香の剣がアスファルトで舗装された地面に落ちた。百合香は一瞬のバックステップで距離を取る。

「勝負、ありましたね」

「……まだ私は負けていない」

「いえ。あなた方の負けですよ。どうやらわたしには味方がいるようですから」

 はっと耳を澄ますと、風を切る音と共に、何かが凄いスピードで近づいてきているのが感じられた。百合香は、一瞬の後に取るべき行動を選択していた。

「会長、ここから脱出します」

「な、なんだって!? しかしどうやって! 運転してくれてた先輩たちだってもう今日は帰ってしまったんだぞ!?」

「私が運転します。さあ、早く車へ!」

 百合香は、まだ怯えている由隆の首根っこを引っ掴んで、一台のバンの方へ駆け出した。

「忘れ物ですよ」

 涼やかな声と共に、足下に愛用の剣が飛んできた。百合香は硬い表情のまま、それを拾うと、腰のベルトに仕込み直した。

「次は……決着をつける」

「楽しみにお待ちしてます」

 運転席の扉が閉まり、エンジンがかかる。百合香は水琴をちらりと一瞥し、タイヤを空転させて勢いよくバンを発進させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る