第33話――闘う文学少女 8

「ぐああああっ!」

 開いていたバンのスライドドアから、戦闘員Bと由隆が転がり出る。百合香はその寸前に脱出していて無事だ。

 薄暗い外灯の照らし出す森林公園の駐車場に、今、悪鬼羅刹と化した文学少女がその姿を現そうとしていた。

「この眼鏡……亡くなった父が、最後にわたしに買ってくれたものなんです……。その眼鏡を、勝手にわたしの顔から外しましたね? その罪、万死に価します」

 いつも通りの口調に、静かな微笑み。だがその下には、燃えさかる炎のような、煮えたぎる溶岩のような、そんな怒りが隠されている。

 もう一台のバンからも戦闘員が降りてきたが、水琴は表情一つ変えない。

「先ほどの要求ですが、正式にお断りします。……レンズは……」

 水琴は左右の瞳からコンタクトレンズを外すと、ぽとりと自分の足下に落として、履いたままだった上履きの裏で踏みにじった。

「お返ししようかとも思いましたが、この方がいいですね。さて……」

 胸ポケットに収めた眼鏡を開き、両手で丁寧にかける水琴。

「あなたたちには、お仕置きが必要なようです。わたし、怒ると怖いんですよ?」

 街灯の下で見る水琴の笑顔はとても美しく、それ故にとても凄惨なものだった。

 由隆が思わず後ずさりながら、戦闘員に声を飛ばす。

「ええい! たかが女一人だ! 構わん、僕の前にひれ伏させてやれ!」

「「「「「コンターック―――っ!」」」」」

 水琴の周囲を戦闘員が取り巻く。じわりじわりと包囲の輪を狭めていくが、水琴は笑顔を崩さない。

「たかが女一人、ですか。わたしも見くびられたものですね」

 戦闘員の一人が水琴に躍りかかる。その拳が水琴の顔面に吸い込まれたかと思われた瞬間、戦闘員は後ろに吹き飛ばされていた。

 カウンターの肘打ちがまともに鳩尾に入っていた。倒れた戦闘員はぴくりとも動かない。

「こ、これは!? 一体どういうことだ! 彼女は文芸部部長ではなかったのか!?」

「はい。彼女は確かに文芸部の部長です。間違いありません」

 百合香は頭の中にあった白石水琴のデータを高速で検索する。

 白石水琴、三年D組、出席番号十一番。文芸部所属、二年前に父と死別し、現在は母と二人暮らし――

 データに間違いはない。生徒会が総力を挙げて作成したデータベースだ。職員の持っている情報よりよほど詳細に記録されている。

 だが、百合香は思い出していた。あの時、文芸部部室に自分が侵入したとき、この女は直前までその気配すら感じさせなかったのだ。そう、この自分に気配すら――!

「あなた方は何か勘違いされてますね」

 ジャリッと水琴の上履きがアスファルトの地面を蹴る。

 笑顔を浮かべながらじりじりと距離を詰めてくる水琴から逃れようと、戦闘員たちは少しずつ後ずさっていく。

「仁正学園がどんな学校だか、あなた方は忘れていませんか? 文武両道を看板に掲げ、それを現実にする校風。それを考えれば、文芸部がただの文化系クラブだなんて誤解はしないと思うんですが……」

「な、何を言っている? 文芸部は文化系の最たるものじゃないか!」

「ですから、仁正学園の文芸部は、『文武の両芸を研鑽するクラブ』だったのですよ。今では単なる文化系クラブの一つでしかありませんけどね」

「そ、そんなデタラメな話があって……」

「残念ながら、これが現実ですよ?」

 また一人、戦闘員が打ち倒された。一見、無造作に見える突き。しかし、威力は絶大だった。残る戦闘員は、あと三人。

「ええい! 倒せ! 倒したら貴様ら、平の戦闘員から準幹部へ昇進させてやるぞ!」

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