第31話――闘う文学少女 6

『なんだよ、ゆりかちゃんはぼくの言うこと聞けないの?』

『そ、そんなことないよ。ちゃんとゆたかちゃんの言うこときいてるよ?』

『じゃあ、どうして眼鏡をかけないのさ! ぼくは目が悪くなって眼鏡をかけなきゃいけないのに!』

『だって、だって、ゆりか、目は悪くないんだもん』

『おそろいにしないゆりかちゃんなんて嫌いだ! もうぜっこうだ!』

『そんなのイヤだよ! ゆたかちゃん! おいていかないで!』


      ***


「石橋くん、石橋くん。どうした。うなされていたぞ」

「……いえ、何でもありません、会長。ご心配をおかけしました」

 百合香は額に滲んだ汗を指で拭った。何故今ごろあんな昔の夢を見たのだろう。やはり、ここのところ続いた任務が堪えているのだろうか。

「そうか。ターゲットが目をさましてね。これから説得工作にかかるところだ。やはり君にも居てもらいたくてね」

 由隆のその言葉に、百合香は無表情な仮面の下で、胸をときめかせていた。自分は、この人に必要とされている。百合香と由隆は、仮眠をとっていたバンから、もう一台のバンへ移動した。

 スライドドアを開けると、座席には何の拘束もされていない水琴の姿があった。

「これは……。拘束しないでよろしいのですか?」

「その必要はないんだ。彼女は眼鏡がないと歩くのも怖いそうだよ」

「……なるほど。そうでしたか」

 水琴の眼鏡は、百合香が外して保管してある。つまり、百合香が水琴を『拘束』しているのだ。ほんの僅か、百合香の心が痛んだ。

「それでは、白石水琴さん。我々の要求を伝えましょう。あなたには眼鏡を捨てて、コンタクトレンズに乗り換えていただきたい」

「……その前に、わたしの眼鏡を返して下さいませんか? あれは、大切な眼鏡なんです」

「それは出来ない。眼鏡をかければ、我々はあなたを拘束しなくてはならなくなります」

「拘束してくださって結構です。相手の顔も見えないのでは、会話にもなりませんから」

 水琴はにっこりと微笑んで見せた。百合香は訝しんだ。この状況で、自分を拉致した相手に微笑みかけられるものだろうか?

「会長、いかが致しましょう」

「眼鏡をかける必要はありませんよ、白石さん。ここに、あなたの度数にぴったりのコンタクトレンズが用意してあります。これを入れれば問題はありません」

 由隆は白いプラスチックの小さなケースを懐から取り出した。

「でも……あの眼鏡は、わたしにとってとても大切なもので……」

「よろしい。それは後ほどお返ししましょう。ただし、これからはコンタクトレンズを使用すると約束していただければ、ですが」

 水琴は目の前にいる由隆と百合香を見ると、やがて諦めたようにため息をついた。

「しかたありません。でも、わたしはコンタクトレンズを使ったことがないんです」

「それについては問題ありません。私が入れてさしあげます」

 百合香が由隆からコンタクトのケースを受け取りながら言う。

「大丈夫です。最初は違和感があるかもしれませんが、すぐ慣れます」


      ***


「だめだ。眼鏡には何の反応もない。これは恐らくすでに眼鏡を外されているな」

 郁乃から連絡を受けた一五分後。晋太郎とましろは、郁乃が待つ仁正学園正門前に集合していた。

「晋太郎ちゃん、眼鏡をかけてないと眼鏡の力は発動しないの?」

 郁乃が当然とも思える質問をする。だが、晋太郎の答えは意外なものだった。

「いや。眼鏡が持ち主の手にあれば、力は発動する。恐らく、眼鏡を奪われているな。あるいは失神しているか、どちらかだ」

「どっちにしろ、眼鏡が持ち主の手にないとダメなのかぁ……。これは望み薄ですね……」

 ましろの言葉に、郁乃が思わず涙目になる。

「や、やっぱりあの時、ボクもいっしょに部室に戻ればよかったんだ! そしたらこんな事にはならなかったかもしれない……」

 自分が、眼鏡の力に目覚めた自分が一緒についていたら、水琴が危機に陥る事もなかったはずだ。郁乃の頬に悔し涙が一筋伝う。

「そんなに自分を責めるな、郁乃。白石さんはきっと無事だ」

 妙な自信を漲らせながら、晋太郎は言い切った。

「なんでそんな事が言い切れるのさ! 白石先輩は、ボクなんかとは全然違う文学少女なんだよっ?」

「そう……。白石さんは文学少女さ。この仁正学園が誇る、最強の文学少女だ」

 晋太郎はそういうと、口の端をつり上げる。郁乃は晋太郎の言葉に思わず彼の強化服の裾を握りしめていた。

「最強の……って。晋太郎ちゃんは、白石先輩のことを知ってるの?」

「今年から高等部に入学した郁乃は知らないだろうけどね。いや、ほとんどの生徒はしらない、といった方が正しいか。白石さんは、ただの文学少女なんかじゃない。あの人は、強い」

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