第27話――闘う文学少女 2

 放課後の部室棟。その一角にある文芸部部室で、池田郁乃は原稿用紙を前にうなり声を上げていた。部長の水琴に言われて、国語辞典からいくつかキーワードを抜き出し、それを元に即興で物語をつくっているのだが、いざ書き始めるとまったく筆が進まない。

 水琴はというと、部室に備え付けられているパソコンで、自分の作品を書くことに夢中になっているようだった。

(うーん……、ボクはどっちかっていうと、書く方より読む方がやりたかったんだけどなぁ。でも、これが文芸部のやり方だっていうんなら仕方ないか)

 部室の中に郁乃のシャープペンシルの走る音と、水琴がキーを叩く音だけが響く。窓の外からは運動部のかけ声や、吹奏楽部のトランペットの音が聞こえてくる。ふと、キーボードを叩く水琴の手が止まった。郁乃も原稿用紙から顔を上げる。

「郁乃ちゃん、頭使って疲れたでしょう? ちょっとお茶にでもしない?」

 郁乃には断る理由がこれぽっちもなかった。もし郁乃にしっぽが生えていたら、ちぎれんばかりにブンブンと振られていただろう。

「ふふっ、郁乃ちゃんは表情豊かで分かりやすいわね。今日はお菓子もあるから、沢山食べてね。あ、ダイエットとかしてる? もしそうだったら悪いかしら」

「いえっ! ボク、いくら食べても太らないんです! ありがたくいただきますっ!」

 郁乃は書きかけの原稿用紙をさっさと片付けると、さっそくティータイムモードに突入していた。その窓の向こう、新館の屋上から二人を監視する視線があることに、郁乃は気づきもしなかった。


      ***


『ターゲットの側に、眼鏡に選ばれし者の一人、池田郁乃がいます。どうやら文芸部に入部しているようです』

 森林公園の無料駐車場に停められたバンの中に設置された無線機から、百合香の淡々とした声が流れてくる。

「またしても眼鏡に選ばれし者か! 奴らは仲間を感知する能力でも持っているのか?」

『いえ、恐らく違います。もしそうならば、我々が襲撃するより前に仲間の力を解放しているはずです』

 その言葉を聞いて、由隆は確かにその通りだと思った。わざわざ我々に襲撃を許している点から考えて、『眼鏡に選ばれし者』は仲間が窮地に陥らなければその存在を感知することが出来ないのだろう。

 だとすれば、今までのように拉致して無理やり眼鏡を捨てさせるよりは、平和的に話し合って説得する方が良いのではないだろうか。そうすれば、他の『眼鏡に選ばれし者』たちに気取られることもなく、つまりは自分たちがボコボコにやられることもない。

「石橋くん。部室へのカメラと盗聴器の設置はいつ行うのだね?」

『今日、二人が下校するのを確認してから設置します。なお、白石水琴の自宅への盗聴器、カメラの設置はすでに完了しています』

 由隆は満足そうに頷いた。

「さすがは僕の最も優秀な部下だけはある。石橋くん、今度のことが上手くいったら、何か一つ君の望みを叶えようではないか」

 無線機のスピーカーからはしばらくの間なにも聞こえてこなかった。たっぷり三〇秒ほどの沈黙の後、百合香の掠れるような声がした。

『それは……どんな願いでもいいのですか?』

「かまわんよ。ただし、僕に叶えられることだけだがね」

『……わかりました。私は全力を尽くします』

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