第26話――闘う文学少女 1

「臨時休校になっちゃったから、学校の図書館で借りた本の返却が出来なくなっちゃったわね……。でも、大目に見てくれるわよね、わたしのせいじゃないし」

 市立中央図書館の閲覧室で、白石水琴は学校で借りていた本の返却期限について考えていた。朝になって急に休校を告げる電話がかかってきたため、時間を潰そうと家の近所にある図書館に出かけてきたのだ。

 両手にはすでに数冊の本が積み上げられている。水琴は学校の図書館だけでなく、ここでもまた常連なのだった。

 シルバーのハーフフレーム眼鏡の奥の瞳が、優しい色を帯びる。自分で本を買って読むのも好きだが、こうして図書館で借りて読むことも、同じくらい水琴は好きだった。

 誰か知らない人が、同じ本を読んでいる。その人がこの本を読んでどんなことを感じたのか、どんなシーンに感動したのか。そんなことを想像することが水琴の密かな楽しみの一つなのだ。

 平日の公立図書館には、意外にいろんな人が来ている。中年の男性、小学校に入る前くらいの女の子、会社を退職したくらいの壮年の男性、若い主婦……。色々な人が、もしかしたら自分の読んだ本を借りて読んでいるかもしれない。 それは水琴にとっては、ちょっとした冒険にも似た体験だった。

 閲覧用の机に資料の本を持っていく。この図書館はネットワークの設備が整備されていて、自前のパソコンを持ち込んでネット接続することも出来る。水琴は肩掛け鞄から小型のノートパソコンを取り出すと、机の上にあったコンセントにACアダプターを差し込み、LANケーブルをセットする。

 本を読むのは楽しい。時間を忘れてしまうほど、楽しい。

(でも、わたしは読むだけじゃなくて、書いてみたいの)

 水琴はパソコンのOSが立ち上がると、メモリカードを差し込んで、部室のパソコンで書き進めていた小説のデータを読み込んだ。ワープロソフトが立ち上がり、そこに水琴が作り出したもう一つの『現実』が姿を現す。今日は閉館時間までゆっくり自分の世界の構築に使おうと水琴は心の中で呟く。ここは公共の場でありながら、水琴の城でもあるのだ。

 文書ファイルの一番最後を開いて少しの間考えた後、水琴は物語の続きを綴りはじめた。


      ***


「コンターック! コンピュータが非常に高い可能性で『眼鏡に選ばれし者』であるとする女生徒を発見!」

 バンの中でデータベースをバージョンアップした専用の分析ソフトで検索していた戦闘員Fが、由隆に報告する。由隆は思わず後部座席から飛び跳ねそうになりながら、戦闘員Fの操作するパソコンの画面をのぞき込んだ。一瞬、由隆の顔が硬直する。

「ま、まさか、この方なのか? この方に間違いないのかっ?」

「コンターック! 全データベースを解析し、最大の可能性を探りました。恐らく間違いないかと思われます!」

「……なんという偶然。いや、これは天命に違いない。彼女なら確かに眼鏡に愛されるだろう。経歴もまさしく『眼鏡に選ばれし者』として申し分ない。よし、次のターゲットは決まったぞ!」

「ですから言ったはずです。我々が必ず先に探し出す、と」

「うむ。石橋くん、君は最高の副官だ!」

「勿体ないお言葉です……」

 百合香は静かに目を閉じ頭を下げた。

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