第24話――魔法のチャイナドレス 12
後ろ手に縛られ、猿ぐつわを噛まされた陽子が連れ込まれたのは、仁正学園の生徒会室だった。
「おい、彼女に手荒な事をするな。拘束をといてやれ」
学園の制服に黒マントという、自分を圧倒した少女とおそろいの服装をした少年が、部下とおぼしき男に命令する。覆面姿の男子生徒が、猿ぐつわだけを外してくれた。
命令した少年の声を聞いて、陽子は呆れかえった。
「誰かと思えば、ウチにぼっこぼこにされて振られた道明寺くんじゃないの。何よその妙ちくりんな格好は」
図星をつかれた黒マントの少年は、思わず声を荒げていた。
「ななな、何を……! 僕は道明寺由隆などという人間とは、縁もゆかりもない男だ!」
「ってことは、さっきの女の子は、さしずめ副会長の石橋さんってとこね。彼女、あんなに強かったんだ」
その黒マントの少女は先ほどから姿が見えない。というより、この室内にはいるのだが、自分の座らされている椅子からは見えない位置にいるのだ。つまり、死角で監視されている、ということ。
「まあいい。とにかく、話を本題に持っていこうではないか」
「アンタがまたウチに告白でもするの?」
「だああああっ! それを言うな!」
頭を抱えて身をくねらせるコンタク党仁正学園支部長。正体はバレバレだ。
「いいかっ! 君の身柄は我々の支配下にある。だが、我々の要求を呑みさえすれば、解放すると約束しよう!」
「要求? 言っとくけど、ウチ、一人暮らしでお金ならそんなに無いわよ? あっ! まさかウチの身体が目的っ!?」
「ちがあぁぁぁぁぁぁうっ! 僕はそんな卑劣な男ではない! 要求とは、これだっ!」
黒マントの少年が、懐から白いプラスチックのケースを取り出して、頭上に掲げた。
「このコンタクトレンズを着けてもらいたい! 当然、眼鏡を外してだ!」
「だが断る」
「即答ッ!?」
陽子は首をこきこき鳴らすと、眼鏡越しに蔑む視線を黒マントの少年に投げかけた。
「ウチはこの眼鏡が気に入ってるの。眼鏡をかけた自分の顔も気に入ってるし、眼鏡を通して世の中を見ることも気に入っている。これはコンタクトレンズじゃ味わえない快感よ」
「しかし、コンタクトレンズの方がより自然な視界が得られるんだぞ? それに、君の美貌の妨げにもならないはずだ!」
「分かってないわねぇ。昔からいうでしょ?『眼鏡は顔の一部です』って。ウチにとって、眼鏡は自分の身体のパーツに等しいのよ」
黒マントの少年は、奥歯の治療跡の詰め物が砕けるかと思うほどに歯ぎしりすると、コンタクトのケースを手に陽子の方へと近づいていった。
「その言いぐさ、やはり『眼鏡に選ばれし者』なのか! 良かろう。そういうのであれば、手段は選ばない! 貴様ら、この女を押さえつけていろ! この僕が眼鏡をはぎ取って、コンタクトを入れてやる!」
由隆の言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、轟音をたてて生徒会室の壁が崩れ落ちた。室内には砕けたコンクリートやガラスが散乱し、埃がもうもうと立ちこめている。そして、生徒会室の外壁には、まるで『外側から巨大なハンマーで粉砕された』かのごとき大穴が開いていた。
「学園戦隊、メガネンジャー! オレたちが来たからには、そんな卑劣な真似はさせない! 部長、助けに来ましたよ!」
夜の闇と壁の大穴をバックに、一人の少年と二人の少女が立っていた。
「き、貴様ら! 何故ここが!」
「全ては眼鏡の神様の思し召しさ。学園の眼鏡っ娘のピンチには、必ずオレたちが駆けつけることになってるんだ!」
「ええい! やってしまえ!」
黒マントの少年が戦闘員に命じる。
「コンターック! しかし、あんな馬鹿でかいハンマーで壁をぶち破るほどの、怪力チビ女に勝てる自信がありません!」
「誰が怪力チビ女だ!」
巨大なハンマーの一撃が、迂闊なことを口走った戦闘員の背中を襲う。
「コンターック! だからアンタ以外にだれがぁぁぁぁぁぁっ!」
出入り口のドアを、どんがらがっしゃんとぶちこわしながら、あわれな戦闘員だった物体が廊下へ転がりでる。
「さあ、次はどいつだい? ボクのハンマーは血に飢えてるよっ!」
その場にいた全員の背筋に冷たいものが走った。敵味方を問わず。
「さあ、部長さん、いまのうちですっ!」
全員が凍り付いている間に、ましろはちゃっかりと陽子の拘束をといて救い出した。
「あああああっ! 貴様ら、卑怯だぞ!」
「ふん、それはオレたちにとって褒め言葉だ! 学園の眼鏡っ娘の身を守るためなら、あえて卑怯者にもなろう!」
「松原先輩、私、卑怯者にはなりたくありませんっ!」
「ボクもあんまし卑怯者とは呼ばれたくないなぁ」
「だあああああああっ! 貴様ら全員卑怯者だ! これだから『眼鏡に選ばれし者』は嫌いなんだっ!」
黒マントの少年が地団駄を踏む。戦闘員たちが壊れた扉からこっそりと逃げだそうとしている。
「ふむ……、部長を助けたのはいいが、オレの手に『眼鏡に選ばれし者』の眼鏡ケースがあらわれんな」
「なっ! そ、それではまさかっ!」
「つまり、お前さん方の早とちり。今回は『ハズレ』ということだな」
晋太郎はあっさりとそう言ってのけた。
「ちょっと、松原くん。ハズレとか『眼鏡に選ばれし者』とか、一体なんのことなの?」
パジャマ姿の陽子が、至極当然な疑問を晋太郎に投げかける。何が起きているのか、どうやって鉄筋コンクリート造りの校舎の三階部分の壁にあんな大穴を開けられるのか。他にも聞きたいことは山ほどある。
その時、校舎の壁に開いた穴から、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
「その話はまたあとで。どうやら、ご近所の方が通報してしまったようだ。警察沙汰になると面倒です。部長、この場は逃げますよ!」
「え、え? ウチ、不法侵入されて拉致されたから警察に訴えたいんだけど……」
「その件については、オレたちの力で解決したじゃないですか! とにかく逃げましょう! このままじゃ器物損壊で犯罪者です!」
「ちょっと! それはウチには関係ないはずじゃ……」
「いいから、跳びますよ! しっかり掴まっててください!」
「ちょっと、ここ三階……ひえぇぇぇぇぇぇっ!」
陽子は自分の身体が空中高く放り上げられるのを感じ、次いで重力に従って地面に向かい落ちていくのを感じた。その度に陽子は悲鳴を上げ続けるのだった。
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