同性を好きになっただけの話
藤市 優希
君と屋上
「あっつ……」
重い鉄製のドアを押し開けてもそこは、校舎内と変わらずに気温が高い。むしろ、屋外の空気になったことで体感温度は更に上がっている。
太陽の日差しから逃げるように、申し訳程度に設置された屋根の下へ入り、ベージュ色の木製のベンチに腰を下ろす。直射日光の下よりは少し、涼しい。たぶん0.2℃くらい。……あつい。
くっそ暑い夏の屋上には、私以外に人はいない。理由は単純に、今は授業時間だからだ。うちのクラスは今数学の時間。つまるところ、私は数学が嫌でサボってるというワケだ。
どうせ来年からは文理でクラス分けがされるから、数学は進級できる程度に出席しておけばいい。それが苦痛なんだけどね。
「はぁ…」
熱気を逃がす為に、折って短くしたスカートの端をつまんではためかせる。入れ換える空気も熱いんだから生まれる違いは気休め程度だ。
ここに来る度いつも、私を数学嫌いにさせたあいつが頭を過る。
小中高と、同じ学校で長い付き合いのある数少ないうちの一人であるそいつ。
その少ない中で女子はあいつと私だけで、なんなら、お互いに一番長い付き合いなのかもしれない。そうだとしたら知っていることは少なすぎるけど。
いつも私と同じような点数を取るあいつを、一方的にライバルだと認識した小学生の時。
今になってわかる。そこで歩く道を間違えたんだ。
差が顕著に現れ始めたのは、中学生になってから。
広く深く、人気者のあいつ。狭く浅く。人が苦手な私。
部長だったあいつ。帰宅部の私。
なんでも器用にこなすあいつは、誰にとっても憧れで。
複数人の中で一緒に下校した小学生の頃と、何か変わっているように見えなかったのに。
気がついた時にはもう、大きく違っていた。
なんとか頑張って同じ高校に合格することはできたけど、もはや、ライバルと言えるような立ち位置にはいない。
私が一番得意な国語でさえ、テストでは理系のあいつと大体同じ点数だ。他の教科なんて言わずもがな。雲泥の差だ。
あいつから教えられたのは人生での敗北感。
小学校までは苦手意識もなかった数学が嫌いになったのもあいつのせい。
だけど、私を底辺に追いやったあいつを私は恨むことはできなくて。
芽生えてしまった感情は行き場を失った。
今こんな文章を書いてるのだってあいつのせい。
こんな私に将来の夢なんか与えちゃったのもあいつ。
あいつが聴いてるマイナーな曲を口ずさめるようになって。
楽器なんてできないけど、Fコードとやらが難しいことを知った。
恋や同性愛というのもあいつに教わって。
屋上のふちに立った感覚を知ったのも、今こんなに苦しいのも。
みんなみんな、あいつのせいなんだ。
今の私が居るのも、全部あいつが居たから、、、
──キーンコーンカーンコーン
渇いた空気にチャイムの音が振動する。
頭のすぐ上から音が落ちてきて耳を塞いだ。
さっきのは4時限目。ということは今は昼休み。
忘れもしない約束を改めて思いだして、胸が弾んでいることに自分で苦笑する。
でもどうせ、もう少しでこんなこともできなくなるんだろうから、これくらいは許してほしいかな。
「おなか空いたー!」
バンッとドアを開けた派手な音と共に、彼女が姿を表す。
「おべんとーちょーだい」
「あ、まーたサボったでしょ?まぁ、いいけど。今日のたまご焼きは自信作だぞー」
なんてにやにやしながら白いお弁当箱を差し出しながら隣に座ってくる。この顔も何回見られるのかな、なんて思いながらそれを受けとる。
「あ"ー、今回の化学ヤバいかもなー」
「またまた。前回もそんなこと言って3位だったじゃん」
「今回はマジなんだってば!」
はいはい、とたしなめながらきれいな断面のたまご焼きを摘まむ。出汁がふわっと香って、甘くて、…少し苦い気もする。
「…おいし」
「やった!お墨付きもらいましたー」
にっと笑って緩いピースサインをこっちに向けてくる。右だけにできるえくぼがかわいい。
ついでに、「毎日食べたい」って言ってやれば目を細めて背中を叩いてくる。この人はいつも力加減がおかしい。
こんな"いつも"の毎日はいつまで続くのだろう。
長くても卒業までだろうか。彼女の口からよく出てくる"佐藤くん"を羨ましく思うことになるまでだろうか。
それとも、気まぐれで終わってしまうのかな。
どちらにせよ、私の微かな願いが実を結ぶ時は来ない。
「、ねぇ、好き。」
「…んー?私も好きだよ?」
同じ言葉が直ぐに返ってくるのは、そこから先に進めない証。これを教えたのだってこいつだ。
余計なことばっか教えたくせに。
この気持ちの捨て方だけ、教えてくれそうになかった。
同性を好きになっただけの話 藤市 優希 @rinemu
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