実家に帰らせていただきます
「さあ、さっさと帰りますよ」
豹変したアルバダが、鳥地……県守の娘、エス・カグラを見下ろしながら小屋の中に入ってくる。
数人の兵士もそれに続いた。
アタルカは気を失ってしまっているのか、戸板をどかしても床に倒れ込んだまま動かない。
トクロが憎々しげな目で、アルバダを睨みつける。
しかし、頑強な彼は一切気に掛けずにずんずんと進んできた。
「アルバダ、これ以上は……」
「これ以上我慢できないのはこちらも同じですよ」
壮年の騎士が、鳥地の幼い声を遮る。
口調だけは変わらず丁寧だが、その声色は恐ろしく冷たい。
鳥地とトクロは、喉元に分厚い刃を突きつけられたように緊張しきっていた。
「この方々が気に入っているのかもしれませんがね。だからこそ帰って来るべきなんだ、あなたは」
「……?」
追い詰められた獲物のように身動きできない「エス・カグラ」に、アルバダはあくまで諭すように、淡々と声を掛ける。
「この男は国で禁じられている学問を研究している。……ちゃんと言うなら、前時代の国の史料の違法な収集・調査ですわな。そういった史料は国の専門機関が全て管理し、研究することになっている」
「でも、まともに研究なんかせずに、一カ所に集めて封印するだけなんでしょう?」
「……そいつのそばに居て、少しは知恵がついたみたいですね。なんにせよ、大義名分ってのは必要なもんなんですよ」
鳥地のささやかな反抗にも、アルバダは表情一つ変えずに答える。
「で、そこのお嬢さん。その人は国に支えられている立場にも関わらず、違法な研究の手伝いをしている。いや、お嬢さんだけでなく、家全体でか」
アルバダが再びトクロに視線を移す。
トクロはしゃがんだままアタルカの体を抱き抱え、その状態で少しずつ後ずさりした。
頑強な騎士は、その様子に目を細める。
「まあ、このまま私が上に申告すれば、トクロ家は御家取り潰しでしょうな」
「!?」
「当たり前でしょう。法を犯すってのはそういうことだ」
アルバダは子供に言い聞かせるように告げる。
実際、彼にとってはそれぐらいの気分なのだろう。
「エス・カグラ」というわがままな子供に、現実を分からせるように。
「お嬢、あなたが素直に帰って来るなら、この事は黙っていてもいいんですよ。私は無駄な仕事が増えずに済みますし……」
「やめとけ、そいつはどうせ約束なぞ守らん」
アルバダの言葉を遮って、聞き慣れた声が届く。
「先生!」
「都合よく物事を進めるためにその場限りの嘘を吐くのはよくあることだ。そもそも、エス家自体が騙し討ちで武功を立て、のし上がった家だからな」
今目覚めたばかりのはずの彼は、それでも淀み無く、いつもの調子で言葉を続ける。
「……何十年前の話をしている」
「そういうお家柄のような物は何十年経っても変わらんものだ。お前のような譜代の家臣なら、しっかり受け継いでいるんじゃないか」
アルバダの額に青筋が浮き上がる。
「てめえ、素直にお嬢を返せばすべて丸く収まるってんだろうが! 少しぐらい従ったらどうなんだ!」
「思い通りにいかなければすぐに怒鳴りつけるような野蛮人と、交渉なんぞ出来るものか」
アタルカがフラフラと立ち上がる。
鳥地はそんなアタルカとアルバダを、交互に見つめる。
「先生」
その幼く小さな声は、しかしその場では確かな威力を持って響いた。
「僕、戻ることにします。今までありがとうございました」
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