小屋の日常
イリリクの町からアタルカと鳥地が帰って来てから二日。
二人はそれぞれにモヤモヤとした思いを抱えながらも、小屋の中で歴史の研究に勤しんでいた。
「先生、これですか?」
「それだ、貸せ」
鳥地が頼まれた書籍を本棚から探して持ってくると、アタルカが鳥地の手から乱暴に書籍を奪い取った。
アタルカはここしばらくどうも機嫌が悪いらしい。
鳥地も原因はなんとなくわかっているので、つつくこともなくほいほいということを聞いているのだが。
先日、アタルカと鳥地は生物学者のナラバ・ドーカと資料の交換をするため遠方の街まで出かけた。
その行きと帰りで山賊に襲われたが、その山賊達は、平和な世の中で路頭に迷った、元・国仕えの兵士達だったのだ。
アタルカは興味が無いといった様子で振る舞っていたが、この国・ウルバが嫌いな彼からすれば胸糞の悪い話だったのだろう。
襲われたとはいえ、鳥地も彼らの事情には同情する。
しかし、実際彼らのために出来ることなど何もなく、それを歯痒くも思う。
そんな微妙な緊張感が流れる小屋の中で。
「取ってもらったんだからありがとうでしょうが!!!」
張り詰めた糸を切るように、鋭く高い声が響き渡り、アタルカは驚いた拍子に本を取り落とした。
声の主は天文学者のトクロ・リールである。
鳥地の布団を清潔なものと交換し、そのほか諸々の用事を済ませに来た彼女は、いつも通りにアタルカを叱る。
「トクロさん。いいんです、先生は……」
「よくないよ。いい? こういうのはちゃんと言って注意しないと。どんどんダメになっちゃうからね」
先日の小旅行に加わっておらず、二人が山賊に襲われたことも知らないトクロは、くどくどとアタルカに説教をする。
(どんどんダメになるって……ヒモの時点でもう大概な気がするんだけどなぁ)
鳥地はそう思ったが、もちろん口には出さなかった。
アタルカは不満に顔を歪めながら黙って説教を聞いていたが、やがて鳥地の方に体を向けると
「すまん。助かった」
と一言だけ言って、また机に向き直った。
「今日は素直だなぁ」
トクロは訝しげに眉をひそめたが、いずれにせよ良いことだという結論に達したらしく、上機嫌に部屋の片付けを始めた。
つい二日前、二人がこの小屋に帰ってきたときには室内はすっかり綺麗になっていた。
アタルカはそれを短い期間であちこちに本が散らばり埃が舞う汚部屋にしてしまうのだが、トクロは当たり前のようにそれを片付けている。
ちなみに、この小屋の所有者も、アタルカの生活費や研究費を賄っているのもトクロの親である。
鳥地は、世話焼き幼馴染羨ましいと思う反面、自分の先生は本当にとんでもなくろくでもない男だなと再認識する。
まあ先生は、あれでいてトクロさんの事大切に思ってるみたいだし、トクロさんの言うことは割と素直に聞くんだよな。
恩返しをする意思もあるみたいだし。
それに多分トクロさんも、多分先生の事……。
鳥地は密かに、さっさとこの二人がくっついて、ついでにアタルカがまともで素直になればいいと思う。
しかし、そのことを思うと同時に、どうしても考えずにいられない。
旅先で聞いたナラバの言葉。
トクロの、婚約者のことを。
鳥地には政治的なことは分からない。
分からないのでモヤモヤと悩むだけ悩んで、そのうち思考を放棄した。
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