日記を読もう
「今日扱うのは貴族の日記だ」
「日記、ですか」
アタルカの言葉に、鳥地はぽかんとする。
そんな鳥地の目の前で、アタルカはこの間ナラバから受け取った本を取り出す。
「そんなもの読んでどうするんですか?」
「研究に決まっているだろう」
「でもそれって他人のプライベート……」
「何百年も前に死んだ人間にプライベートなどあるか」
「何百年!?」
色々とピンと来ていなかったらしい鳥地に、アタルカが丁寧に説明を始める。
「こいつはもう滅んだ『パラクス』で、王のそば近くに仕えていた人間の物だ。当時の生活の様子なんかが書いてあるからいい史料になるのだ」
「へえ、なるほど」
そこまで言うと、アタルカは早速本を開く。
「まあ、一人の人間が無責任に書いているものだからな。偏見や勘違いも大量につづられているので、扱いには注意が必要だ」
「注意……ああ、いつもやってる比較ってやつですか」
「うむ。よく分かって来たではないか」
鳥地は照れたように笑う。
アタルカに褒められることは珍しい。
「比較……つまり同じ事柄について書いてある複数の史料を引くことで、記述の裏付けを取る訳だが。まあこれがしんどい」
「まあ、想像するだけで骨が折れますね」
鳥地が苦々しく唸る。
「しかも、同じ事柄について書かれていなければならないからな。書かれた時代も、場合によっては地域も同じでなければならない。数百年昔となると、そんな史料はいくつも残っていない」
アタルカはパラパラと本をめくると、あらかじめ当たりを付けておいたらしいページを開いた。
「しかしこの日記に関しては、良いものが残っている。ここに名前が出てくる人物の手紙が手元にあるのだが……パラクスの七百二十年代と言えばどこにあるか分かるか」
アタルカの言葉に頷いた鳥地は、体に魔力を込めてふわりと浮き上がる。
そのまま書架の上の方まで上がっていくと、紙の箱が本のように立てて並べられたエリアの前で止まる。
そしてその中から、迷いなく一つを引き抜いた。
「これですね」
「素晴らしい。お前もここの勝手が分かって来たな」
「トクロさんが分かりやすく整理してくれているからですけどね」
アタルカは鳥地の言葉を無視して、渡された箱を開いた。
箱の中には、いくつかの束にまとめられた紙が、丁寧に収められている。
今日のアタルカは、ここ数日で言えば比較的機嫌が良かった。
緩い笑みを浮かべて日記と取り出した手紙を見比べていたのだが……
「ハズレだ。同じ事柄についての記載が無い」
大きくため息をついて、手紙を放り込んだ箱と日記を、机の上から足元に置いた。
こうしてこの部屋は散らかっていく。
「え、完全に終了ですか」
「いや、もちろん丁寧に読んでいけば汲み取れることもあるが……重労働なので今度にする。今はこれより優先すべきこともあるしな」
そう言うとアタルカは背中を丸めたまま立ち上がり、書架から新たな書籍を引き抜いた。
鳥地の見る限り、アタルカの研究は専らこんな様子であった。
数百の研究事項に全て優先順位をつけ、日に十個ほどを消化していく。
その間にも新しいタスクは増えるので、改めて優先順位をつけてやることを整理する。
今回は不発に終わったが、新しい発見があればとんでもない速度で記述していく。
この部屋には本が多いが、アタルカが書き留めた研究結果の紙も大量に保管してある。
鳥地も少し目を通してみたが、難しい言葉が多く、事柄も複雑なのでほとんど理解が及ばなかった。
しかしレポートの最後には必ずこの国の問題を取り上げ、歴史をさかのぼると原因はこれだとか、解決するにはこれをこうすればいいとか、そういったことが書かれている。
もちろん理想論的な部分も多分にあるのかもしれないが、鳥地は読むたびになるほどと感心してしまう。
トクロが部屋の掃除をしながら毎回そのレポートを二、三持ち出しているところを見ると、この世界に住む人から見ても頷ける内容なのだろう。
トクロがそのレポートをどうしているのかは分からないが、トクロの家は国から重用されている天文学者であるから、レポートを元に領主に意見したり、何かの活動に役立てたりしているのではないかと鳥地は推測している。
この世界での実家、エス家に居た頃にも、トクロという名字は何度か耳にしたことがある。
鳥地がここに来るよりも前からそういうことをしていたのかもしれない。
「何をニヤニヤしているのだ」
「いえ、別に何でもないですよー、先生」
自分の「先生」のことを少し誇らしく思いながら。
鳥地は、研究を再開したアタルカの丸まった背中を見つめていた。
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