賊の事情

「そういう訳にはいかんさ。俺達にはこうするしか生きていく道が残されていなかったんだからな」

「そうか、そいつはご苦労なことだ」

 それだけ言い放つと、アタルカは山賊に背を向けた。


「え!? ちょっとこれ話聞く流れじゃないんですか!?」

「別に山賊の事情などに興味は無い」

 取り付く島もない。


「僕聞いていきますよ! 何かあるみたいですし!」

「襲われたのによくもそんな気分になるな」

「……っでも! 何か困っててやらざるを得なかっただけかも!」

「勝手にしろ。だがお前一人になって殺されても知らんぞ」

 鳥地は一瞬怯えたように硬直したが、すぐに山賊の親分に向き合って座った。


 アタルカは、鳥地に動く気がないことを悟ると、諦めたようにその横に並んで座った。


「前から思っていたが、お前はお人好し過ぎるな」

「先生もですよ」

 鳥地は緊張が解けたように、にへらと笑った。


 アタルカはすぐに顔を背けてしまったので、どんな顔をしていたのか鳥地には分からなかった。


「準備を整えてもらったところで悪いが……そう畏まられるとなんとなく話しにくいんだが……」

「喋るならさっさと喋れ」

 山賊の頭は見た目の割に繊細だった。


「俺達は元々、ウルバの軍に所属していた兵士だった」

「えっ!?」

「まあそうだろうな」

 彼の言葉への二人の反応は正反対だった。


「先生知ってたんですか!?」

「この国が軍事力で領土を広げたのはいった通りだがな。最近は他国との戦争も減ったし、反乱分子もほとんど出ないから、元々武人だった者たちが食いっぱぐれて山賊に身を落とすことが少なく無いのだ」

「よくご存じで……仰る通り、私らもそうして野盗として生計を立てざるを得なくなった次第で」

 大男が申し訳なさそうに頭を下げる。


 脇に控えていた配下の山賊たちも、ばつが悪そうに俯いた。


「元々この人たちは兵士だったと……」

「その通りだ。言葉遣いもかなりしっかりしているだろう」

「確かに、元の世界の若者より敬語がちゃんとしてますね」

 鳥地が感心したように頷く。


「元々は隣県の県主に仕える豪族だったのですが、軍備の縮小に伴って任を解かれ、難癖をつけられ、土地も没収されまして」

「有力な家臣は村単位で土地を任されて、そこから上がる税収の一部が収入となるのだ。土地が没収されるとはつまり、収入が無くなるということになる」

 よく分からないという顔をしていた鳥地に、アタルカが簡潔な説明を加える。


「確かにそれはひどい!!」

「しかし、それが普通なのです。今更任を解かれたところで、戦う以外の稼ぎ方を知らないもんで何ができるでもなし、それでも手下は養っていかなけりゃならないもんで」

「じゃあ皆さんも元々は兵士だったんですね」

「ええ。もともと私の下にいたものと他所から移ってきたものとが混じってはいますが、大体事情は一緒です」

 鳥地は、沈痛な面持ちで暗い顔をする元軍人たちを見渡した。


「だから聞くだけ無駄なのかなのだ。結局はこの国がダメッカスだというだけの話だ」

「先生……」

「言っておくが、こいつらにしてやれることなど何もないぞ。おい、もう俺達は行ってもいいだろう?」

 山賊達の答えも待たず、アタルカは今度こそ足を止めずにその場を立ち去る。


 鳥地も小さな「あんよ」でその後を追いかけるが、後ろ髪を引かれる想いで何度も後ろを振り返った。


「あの、ついて行った仲間たちはどこへ……」

「さあな、どこぞへと吹き飛ばしてしまったので分からんよ」

 アタルカの答えに、男達はどよめいた。


「……イリリクの入り口から北へ飛んで行ったのが見えた。運が良ければ見つかるかもしれんぞ」

 アタルカは一度振り返り、鳥地を担ぐとまた淀みの無い足取りで歩き出した。


「あまり同情するな。帰る決意が揺らぐぞ」

 森を抜けた後、アタルカは苦虫を嚙み潰したような顔でそれだけを鳥地に告げた。





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