研究者の交流

 ナラバと鳥地が騒いでいる間、アタルカは家の外に出て朝の澄んだ風に当たっていた。


 暖かい季節ではあるが、やはり朝はまだ肌寒い。

 しかしその冷たさが、彼の思考をクリアにしてくれた。


 自分がやっていることはみっともない、という自覚はある。

 しかし自分が選んだ道なのだ。

 後戻りをする訳にも、弱音を吐くわけにもいかない。


 アタルカはしばらく風に当たり、頭が冷えたところで家の中に戻った。


「いやね、単眼って三次元で見たら怖いんじゃないかと思ってたんですよ。でもナラバさん普通に美人だし、そんな風に迫られると色々もたないというか……」

「え、ええー。そんな風に言われるの初めてだよー……。なんだか照れるなー」

「何をしているのだお前らは」


 衣服の乱れた鳥地が顔を伏せながらなにやら早口でつぶやいていた。

 一方のナラバは彼から目を逸らし、口元がにやけている。


 なんなのだこの空気は。

 この生物学者のことだから転生者である学生に興味を示すだろうとは思っていたが。


 思っていたが。


 思っていた興味の示し方と方向性が全く違うぞ。


「おい、何があったんだ」

「な、何もないです!!」

 鳥地が今アタルカの存在に気が付いたという風に、慌てた様子で起き上がりながら取り繕った。


 アタルカは適当に流しながら、元座っていた椅子に戻る。

 一応聞きはしたが、何があったかなどにさほど興味は無い。


「じゃあー、本題に入ろっか」

「やっとか」

 ナラバもいつも通りの様子に戻り、アタルカは密かに安堵する。


 そこそこ長い付き合いではあるが、さっきのように素直に照れているところは初めて見た。

 子作りなどと何の臆面もなく言うくせに、おかしな奴だ。


「全く濃厚な朝だった……と。そら、こっちからは三冊しかないが。それから、こっちが発掘した魔物の骨だ。具体的にいつの物かは分からんが」

「十分だよー! 年代の比定はこっちでやるやる。一応地域だけ教えといてー」

 アタルカはぶつぶつとぼやきながら、持ってきたものをリュックから取り出した。


 ナラバは巨大な瞳を一層開いてキラキラとさせながら、獣の骨に飛びつく。

 しばらくは頭蓋骨らしきパーツを手にとってうっとりしていたが、やがてはたと正気に戻り、奥の部屋に引っ込んでいった。


「こっちは七冊だよー」

「随分と多いな」

「ナカツギさん頑張ってくれたみたいー」

「頑張ってどうにかなるものではないだろうに……。毎度ながら何者なんだ、あの人は」

 アタルカは不審そうに呟きながらも、頬をほころばせながら差し出された本を布にくるみ、丁寧にリュックサックの中にしまう。


「ナカツギさんって誰ですか?」

「珍しい古書なんかを集めて回っている人だ。各地に仕入れ元と顧客がいるらしくてな、数か月に一度ここに来て、ナラバに本を売っていく」

「ジルの方は田舎すぎて来てくれないからねー。アタルカが欲しそうな本を私が代わりに買ってあげてるんだー」

「それで、その礼として俺はこいつの好きそうな本を見つけたり、魔物の骨なんかが発掘で見つかったら提供しているんだ」

 鳥地は、納得したようにうなずいた。


「それで定期的にこっちに来てるんですね」

「私に会いに来てるってのもあるけどねー」

「トクロが心配するからな、生存確認も兼ねている」

 二人の間には温度差があるが、それでもなんだかんだ長い付き合いなので、これくらいが丁度良いのだろう。


「というか、うちの学生といい雰囲気だったではないか。子作りはこいつに頼んだらどうだ」

「いやー、さすがにこの子大きくなるの待ってたら私お婆ちゃんだよー」

「さすがにそこまでならないですよ! ていうかそもそも体は女です!!」


 鳥地は叫んだが、そのあと少し照れたようにナラバの顔を見つめた。

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