生物学者の想い

「トクロさんに婚約者なんかいたんですか!?」

 衝撃の事実に、鳥地は自分のことのように驚き、おろおろとし始める。


 一方のアタルカは、またかとでも言いたげに、狼狽える鳥地を眺めていた。


「有力者にはよくある政略結婚だ。顔も見たこと無いような男にトクロがなびくものか」

「なびかなくっても、結婚はするんでしょう?」

「そもそも、相手は当然社会的立場を持ってるし、さらにイケメン性格良しだったりしたら簡単に落ちちゃうかもねー」

「どうするんですか先生ぼろ負けですよ!」

「やかましい!!」

 食べかけのパンを持って部屋から出ていくアタルカ。


「まあアタルカも焦ってはいるんだよねー」

「なるほど」

 以前アタルカはトクロへの恩を返すためにも早く結果を出さなければと言っていたが。

 理由はそれだけではなかったということか。


「一途すぎて見てられないでしょ。私もなんとかはしてあげたいんだけどねー」

「もしかして、それで……?」

「さあー、どうでしょ?」

 ただのおかしな人かと思っていたが、意外とそうでも無いのかもしれない。


「そもそもあの歴史の研究だって母親の影響だからねー」

「そうなんですか?」

「うん、だからなんて言うか。何かに追いかけられてるみたいで心配でねー」

 鳥地はまだまだ、アタルカのことを知らなかったらしい。


「さてさて、ところで……カグラちゃん? は、すごいねー。手紙で聞いてはいたけど、いざ目の前にするとびっくりだね」

「そうですか? それにしては最初から自然に話してたような……僕途中自分が赤ん坊だってこと忘れてましたもん」

 考えてみれば、流暢に話し自由に歩き回る赤ん坊を見て一番リアクションが薄かったのはナラバである。


「君の存在は私の専門分野から見ても最高に面白いんだよねー」

「そ、そうなんですか……」

「うん、だって記憶は脳に蓄積されるものだろう? しかし転生してきても前の世界のことが分かるっていうなら、それはつまり魂のような物に記憶が保存されてるってことになるじゃない!!」

 ナラバの大きな目がキラキラと輝く。


 彼女にグイグイと迫られ、鳥地は彼女の顔の中心で輝く眼球の中に吸い込まれるような気持ちになった。


 やっぱり先生と同類だ。

 自分の研究のことになると遠慮が無い。


「ちょっと体の方も見せてもらえると嬉しいんだけど! 脱いでもらえると助かるんだけど!!」

 勢いのまま、鳥地はナラバに抱き上げられてしまった。


「ウワアー! 変態!!」

「いいじゃないの、女同士女同士ー」

「僕中身は男ですから!」

「なら大丈夫大丈夫ー!!」

 魔法で逃げようとするが、彼女を傷つけまいとすると力の加減が難しい。


 その上、女性に迫られるという経験が皆無である鳥地の頭は既にいっぱいいっぱいであり、なんとかしてここから逃げ出そうとは思うのだが、どのように逃げるかについては全く頭が回らなかった。


「いやぁ!! そのモルモットを見る目をやめて!」

「モルモットとは何ぞやー?」

「ああクソ! こんな時に認識のズレが! とにかく、これ以上はっ……これ以上はー!」


 鳥地の悲鳴は虚しく消えていった。

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