歴史研究者とダメッカス転生者

「今、転生者と言ったのか!?」

「え、ええ。……ご存知なんですか?」

 肩を掴んで勢いよく迫ってくるアタルカに、騎士は更にたじたじになる。


 背が高いとはいえ、引きこもってばかりで細身で真っ白なアタルカに、鎧を着込んだ筋肉質な兵士が気圧されている状況に、トクロは金色の短い髪を揺らしながら軽く笑った。


「……いや、昔何かの本で読んだことがあってな。架空の存在だと思っていたものだから」

「ちなみに、その本というのはどんなものですかな?」

 今まで話していた騎士の後ろから、力強いテノールが響く。


 一団の隊長らしい、マントを羽織った騎士である。

 深く刻まれたシワと整えられた顎鬚が印象的な壮年の男は、鋭い目を柔和に細めながら、扉の前までゆっくりと歩いてきた。


「さあ、もうずいぶん昔のことなのでな」

「そうですか。いえね、自分たちも転生者についてほとんど何も知らないもので。参考になるものがあればと思ったのですが」

「そうか、それは残念だ。では失礼」

 早々に会話を断ち切りアタルカが扉を閉めようとすると、壮年の騎士は小屋の中を覗き込みながら言った。


「ところで、本が多いですな、この家は」

「物語を読むのが好きでな。ほとんど読めていないものだが」

「ほう、そうなのですか」

 男が言い終わる前に、アタルカは扉を閉めた。


「読書家の蔵書は八割が積読だと言うだろう」

 最後の言葉は占めた扉に向かって放たれた。

 あの物騒な一団に届いたかどうかは不明である。


「さて、それでは色々説明してもらわなければな」

 彼はその足で、先ほど赤ん坊が隠れていった部屋の隅へと向かう。


 そこには、いつの間にかさっき潜り込んでいた箱の裏に回り込み、分厚い本を興味深そうに開く乳児の姿があった。


「なるほど、転生者と言うのは本当らしい」

 目の前で開かれてる本は、アタルカの記憶が正しければ『パラクス国童話』という、神話や伝承を子供向けに書き直したものだ。


 しかし本自体は分厚く、文字も簡単なものばかりではないので、どちらかと言えば大人が子供に読み聞かせるための本である。


 全く、大人なんだか子供なんだかよく分からないチョイスだな。

 そう思いながら、アタルカはしばらく目の前の「転生者」の様子を観察していた。


 赤ん坊は、アタルカがそばに居ることにも気付かず、一心不乱に文字を目で追っていく。

 トクロが不安げに入口の扉を開けると、もう兵士たちは立ち去った後のようだった。


 それから十分が経過しても、赤子は熱心に本を眺めていた。


「いい加減にしろこのダメッカス!! そろそろ事情の説明くらいしたらどうなんだ!!」

 そしてとうとう、アタルカがキレた。








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