歴史研究者と不思議な赤ん坊
歴史研究者アタルカ・アタランカは突然のことに硬直していた。
「今ちょっと兵たちに追われてて……」
今耳に届いているのは、明らかに聞き覚えの無い幼い声だ。
しかし、この場には自分と、昔馴染みの少女、そして今飛び込んできた赤ん坊の三人しかいない。
幼い高音は明らかに自分のしわがれた声とは明らかに違い、隣にいる少女の声ともまた少し違う。
となると残りは目の前の乳児しかいない。
この状況を目の前にすれば、誰でも固まってしまうだろう。
母親に抱かれていなければ移動もできないほど小さな赤ん坊が、自分の足で危なげなく歩き、流暢に喋りながら自分で扉を開けて、家に入って来たのだから。
「ああ、そうか。えっと、今はワケ有ってこんな姿ですが、本当は赤ん坊じゃなくて……追われてる理由もそれで……」
さっきまでアタルカと話していた天文学者の少女トクロ・リールは、目を剥いたままぎこちない動きでアタルカの方を振り向いた。
「え、何事……?」
それはこちらが聞きたいとばかりにアタルカは彼女を睨んだが、残念ながらその思念は伝わらなかったらしく、彼女は戸惑ったままだった。
「とりあえず、中に入っても?」
「ああ、構わないが……」
赤ん坊は丁寧に扉を閉めると室内を見回し、隅の一角へ向けて歩き始めた。
「ちょっとここに隠れさせてください! それから、僕のことを探してる人たちが来ても何も知らないって答えてください!」
それだけ言うと、彼は部屋の隅に置かれていた小さな箱の中にもぞもぞと入って行った。
「なんだ……?」
二人が全く状況を飲み込めずにいると、突然ノックの音が響いた。
「あ、はーい」
まだ戸惑いが残ってはいたものの、とりあえずトクロが扉を開ける。
アタルカは、「なぜお前が出るんだ」という言葉をぐっと飲み込む。
ここはアタルカの家ではあるが、本来の持ち主はトクロである。
「すみません、少しお尋ねしたいのですが……」
扉を開いた先に居たのは、軽装の兵士であった。
兜は着けていない軽めの鎧を装着しており、腰には長剣がぶら下げられている。
扉の前に立っていたのは一人だが、その向こうには数人、同じような格好をした男が立ち、周囲を見回している。
その中に一人、マントをつけた男が立っていた。
恐らくこの兵士達を率いる隊長のような立場の者なのだろう。
「その、少しおかしな話なんですが、立って歩いている赤ん坊が訪ねて来ませんでしたか?」
なんという事だろうか。
あの赤ん坊は本当に兵士に追いかけられていたのである。
トクロは目を見開き、男の言葉に分かりやすく動揺している。
見かねたアタルカは、トクロを押しのけて兵士と対面した。
「何を言っている? そんな赤ん坊がいる訳が無いだろう」
「それはそうなのですが……その、少し事情がありまして」
正論で諭された気まずさからか、彼はしどろもどろになりながらも言葉を続けた。
「実は、その赤ん坊は転生者と言いまして……」
「……何?」
意外な言葉にアタルカは目を細め、ただでさえ悪い目付きが余計に悪くなった。
睨みつけるようなアタルカの視線に、兵士はまたもやたじろいだ。
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