歴史研究者と天文学者
鬱蒼と生い茂る木々の葉に阻まれ、夏の日差しが遮られた薄暗い森。
めったに人が立ち入ることの無い大自然の静寂を打ち破って、砂埃を立てながら走り回る集団がいた。
「クソ!! 姑息な!! 待ち伏せなんぞしおって!!」
先頭を走るのは瘦せ型の青年。
その肩には青年の黒髪を掴みながら泣き叫ぶ赤ん坊。
「ねえヤバくないですか!? 大丈夫!? 大丈夫なのコレ!?」
赤ん坊は見た目からは考えられないほど流暢に喋り、喚く。
奇妙な二人組とそれを追いかける大勢の、鎧に身を固めた男たち。
嵐のような一団が通り過ぎ、森には再び深い静寂が戻った。
「何故、何故こんなことになっているのだ!!」
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世界の果ての大陸に寄り添う大きくも小さくも無い島国、ウルバ。
その国土の端っこの田舎の村、そのさらに村はずれに、その小屋はあった。
木で作られた柱と壁の所々に漆喰が使われ、屋根は藁ぶき。
一面に人一人がやっと通れる小さな木製の引き戸があり、残りの三面に孔子が付けられた小さな窓が付いている。
しかし、その窓から小屋の中の様子を窺うことはできない。
何故ならば、三つの窓はいずれも内側から塞がれているからである。
板の引き戸に取り付けられた小窓からしか日の光が入ってこないその部屋は薄暗く、どことなく湿っぽい。
決して快適とは言えないその部屋で、書物に没頭する男が一人……
高々と本が積み上げられた机に向かってアルマジロのように背中を丸め、その頂点にはろくに整えられていないボサボサの頭髪が鎮座している。
その決して清潔とは言えない黒のすぐ下では、泥のように濁った鋭い目が、紙の上に乗せられた文字列の上を、濁流のような勢いで滑っていく。
早口でぶつぶつと何やら呟く低い声には、呪文でも唱えているような不気味さがある。
「これは……まさかそんなことが? だがこんな方法……大体どうやって……今の魔法なら……」
「ちょっと、聞いてる!!?」
「うえぁぁ!?」
突然背後から声を掛けられ、アルマジロは椅子から崩れ落ちた。
そして後を追うように机の上に積まれた本が次々落下し、狭い床の上に紙の山が出来上がった。
「おいっ!突然背後から話しかけるなと言ったろう!」
「何度も話しかけたでしょうが!!!」
紙の山から立ち上がった青年が腹立たしそうに怒鳴りつけると、同じく腹立たしそうにしているおかっぱ金髪の少女は負けじと怒鳴り返した。
「本に没頭しすぎるのもいい加減にしてよ、ホントに!?」
澄んだ緑色の目でキッと青年を睨みつける少女は、腰に手を当てながら尚も続ける。
小柄ながらもその様子には逆らえない迫力があり、整った顔を一杯まで歪めて怒りを表している。
少女の輝く髪がゆれ、その下からほんの少しとがった耳がチラリと覗いた。
彼女の名はトクロ・リール。
天文学者である。
「たまには日光を浴びて散歩でもして来たら? 人間やめてモグラじゃないの」
「そういうお前はとうとう微エルフをやめてやかましい猿にでもなったのか」
読書の邪魔をされた青年は、恨みがましく言い返す。
「微エルフって言うなって!」
トクロは四代前の祖先にエルフがおり、少しだけその特徴を受け継いでいる。
少しとがった耳やサラサラの金髪、人より少し恵まれた魔法の才能は気に入っているが、あげつらわれると腹が立つ。
トクロに頭をはたかれながら、それでも涼しい顔をして机から落ちた本を拾い集める青年は、アタルカ・アタランカ。
この国で唯一の歴史研究者である。
アタルカが不機嫌そうにトクロの方を見やると、トクロは彼に背を向けて、勝手知ったる本棚の中に床の本を戻していく。
その背を見て、アタルカは柔らかく微笑んだ。
「すみません、匿ってください!!」
そして、突如開かれた小さな扉の前に立つ、さらに小さな赤ん坊。
この、見た目からは想像もできないほど流暢に喋る赤ん坊はエス・カグラ。
この国にはありふれている、異世界からの転生者の一人である。
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